第32話:魔国軍、ノルディア上空に迫る
ノルディア国――夜空。
月明かりを遮る巨大な影が、ゆっくりと国土を覆い始めた。
ザルグ率いる魔国軍、二千騎の竜騎兵。
黒竜の群れが空を埋め尽くし、まるで夜そのものが落ちてきたかのようだった。
地上のノルディア国民はその異様な光景に震え上がり、家々の窓から怯えた目で空を見上げる。
「な、なんだあれは……」
「魔国軍だ……魔王が来た……!」
悲鳴と祈りが入り混じり、国全体が恐怖に包まれた。
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■ ノルディア城上空
黒竜バルキリーに乗ったザルグが、崩れ落ちたノルディア城の真上に降り立つ。
その姿は月光を浴び、まるで闇の王そのものだった。
ザルグは冷たい声で命じる。
「レオニードの憑魔を回収しろ」
アミバが竜の背から飛び降り、瓦礫の中に横たわるレオニードの遺体へと手をかざす。
「はっ!」
魔導式が展開され、黒い霧が渦を巻きながら遺体から吸い上げられていく。
やがて霧は一つの影となり、地面に落ちて形を成した。
影魔――ズミ。
猫のようなシルエットに、赤い瞳が怪しく光る。
ズミは尻尾を揺らしながら、ため息をついた。
「……やれやれだよ。こいつの遺恨なんかで、こんな目に遭うとはね」
ザルグは微笑み、優しく声をかける。
「ズミ、ご苦労。しばらく休め」
ズミは気の抜けた声で返す。
「はーい、親方様」
影のように揺らめき、ザルグの影へと溶け込んでいった。
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■ 瓦礫の陰
崩れた城の影から、ノルディア国王子ユリウスが息を潜めて様子を伺っていた。
その背後には護衛たちが控え、さらに奥では王と王妃が震える手で身を寄せ合っている。
ユリウスは唇を噛みしめた。
「……あれが、魔王ザルグ……」
その声は震えていたが、瞳には確かな怒りと恐怖が宿っていた。
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アミバがザルグの隣に立ち、静かに問う。
「この国……いかがいたしますか?」
ザルグは瓦礫の山を一瞥し、興味なさげに答える。
「放っておけ。ここに我が魔力を使う価値はない」
そして、月を見上げながら低く呟いた。
「今はエルミナだ……積年の復讐、今こそ果たす」
その声は冷たく、しかし燃えるような憎悪を孕んでいた。
黒竜バルキリーが咆哮し、ザルグの背に再び乗る。
魔国軍二千騎が一斉に翼を広げ、夜空を震わせながら進路を変えた。
向かう先は――エルミナ王国。




