第10話:封じられた空
王城の回廊は、朝の霧に沈んでいた。
レオニスは壁の陰に身を潜め、兄アルベルトの執務室の扉越しに耳を澄ませていた。
中から聞こえてくるのは、アルベルトとグレゴールの会話。
「娘は幽閉した。竜と引き離しておけば、力は封じられる」
グレゴールの声は冷たく、確信に満ちていた。
「よくやった」
アルベルトは短く答えた。
「巫女の力は王家のものになる。
セレナが従わぬなら、力だけを抽出すればいい。
感情など不要だ。必要なのは、支配できる器だ」
レオニスは拳を握りしめた。
兄の言葉は、かつての王家の理想とはかけ離れていた。
そして何より――セレナを“器”と呼ぶその冷酷さが、彼の心を突き刺した。
「……もう黙ってはいられない」
彼はすぐに王都の魔道士団へ向かい、信頼できる近衛魔道士20名を招集した。
その足で、グランディール家へと向かう。
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王都の空は、重く沈んでいた。
グランディール家の屋敷は、まるで城塞のように静まり返り、外部との気配を遮断していた。
その門前に、魔道士たちが整列していた。
レオニスの瞳は鋭く屋敷を見据えていた。
「この屋敷に、セレナ・グランディールが不当に幽閉されている。
魔力障壁の解除と、館内の捜索を開始する」
魔道士たちは一斉に詠唱を始め、屋敷を包む結界に干渉を加えた。
空気が震え、門が軋み、魔力の膜が裂けていく。
屋敷の使用人たちは混乱し、衛兵たちは動揺した。
だが、レオニスの命令に従い、魔道士たちは迷いなく進んだ。
まず向かったのは、竜ルゥが閉じ込められている“特別室”。
厚い魔力障壁が張られていたが、魔道士団の連携によって解除が成功。
ルゥはすぐに飛び出し、鳴き声を上げながら館の奥へと翔けた。
彼が向かった先――それは、セレナの部屋だった。
「次はセレナ嬢の部屋だ。急げ」
魔道士たちは再び詠唱を始め、セレナの部屋の封印を解除。
扉が開いた瞬間、ルゥが飛び込み、セレナが目を見開いた。
「レオニス……!」
彼女の声に、レオニスは静かに頷いた。
「もう大丈夫。君を迎えに来た」
セレナはルゥを抱きしめ、立ち上がった。
その瞳には、恐れではなく、確かな意志が宿っていた。




