第1話「婚約破棄と追放令嬢」
間違えてけしちゃいました泣
第一章「仮面の舞踏会」
王都エルミナの春は、美しく、そして残酷だった。
庭園には百花が咲き誇り、香水と笑顔が空気を満たす。
けれどその香りは、甘さの奥に毒を含んでいた。
今宵は春の舞踏会。
王宮の大広間には、煌びやかなドレスに身を包んだ貴族たちが集い、政略と虚飾が交差する。
誰もが仮面をかぶり、誰もが本音を隠していた。
私は、王太子アルベルト殿下の隣に立っていた。
グランディール侯爵家の令嬢として、王妃候補として、完璧な振る舞いを求められていた。
背筋を伸ばし、微笑を絶やさず、誰よりも優雅に。
それが、私に課された役割だった。
けれど、私は知っていた。
この場に立つ資格を、誰もが疑っていることを。
理由は、ただ一つ――私には、魔力がなかった。
王都では、魔力の有無が貴族の価値を決める。
魔力が強ければ、地位も高くなる。
魔力がなければ、存在すら否定される。
それでも私は、礼儀作法、歴史、政治、舞踏、詩歌――すべてを学び、王妃にふさわしい器を磨いてきた。
それを、たった一言で否定された。
「セレナ・グランディール嬢。君との婚約は、ここで破棄する」
アルベルト殿下の声は、冷たく、容赦がなかった。
音楽が止まり、会場の空気が凍りつく。
貴族たちの視線が一斉に私に注がれた。
驚き、好奇心、そして――期待。
誰もが、私が泣き崩れるのを待っていた。
私は、微笑んだ。
それは、令嬢としての最後の誇りだった。
「……承知いたしました、殿下」
声は震えていなかった。
けれど、心は音を立てて崩れていった。
胸の奥で何かが砕ける音がした。
それは、夢だったのかもしれない。
王妃になるという未来。
家族の誇り。
努力のすべて。
アルベルト殿下は、私を見ようともしなかった。
彼の視線は、すでに魔力に恵まれた令嬢――リディア・ヴェルシュタインへと向けられていた。
私は静かに一礼し、踵を返した。
ドレスの裾が床を滑り、音もなく会場を後にする。
誰も、私を呼び止めなかった。
ただ一人――王子の弟、レオニス殿下を除いて。
彼は会場の隅に立ち、私の背を見つめていた。
その瞳には、言葉にならない想いが宿っていた。
「……あなたが、幸せになれる場所へ行けますように」
その声は、誰にも聞かれなかった。
けれど、私は確かに聞いていた。
その夜、私はすべてを失った。
けれど、まだ涙は流れなかった。
泣くことすら、許されない場所だったから。
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第二章:魔力のない令嬢(いじめ描写追加版)
私は、生まれつき魔力を持たなかった。
王都では、それは“欠陥”と同義だった。
魔力は貴族の証であり、力の象徴であり、価値そのもの。
魔力が強ければ称賛され、なければ存在すら否定される。
それでも私は、諦めなかった。
礼儀作法、歴史、政治、舞踏、詩歌――
王妃にふさわしい器を磨くために、誰よりも努力した。
魔力がないなら、他のすべてで補えばいい。
それが、私の誇りだった。
けれど、王都は私の努力を見ようとしなかった。
社交界の貴族たちは、哀れむふりをして笑った。
「まあ、かわいそうに」
「やっぱり魔力がないとね」
その視線は、同情ではなく、嘲笑だった。
彼らにとって、私は“王太子の気まぐれ”で選ばれた令嬢にすぎなかった。
魔力のない者が王妃になれるはずがない――
それが、王都の常識だった。
そして、家族さえも私を見放した。
母、イリス・グランディールは、私が幼い頃に亡くなった。
彼女が残してくれた唯一のもの――銀の指輪。
小さな青い石が嵌められたその指輪を、私はいつも左手の薬指に着けていた。
父、グレゴール・グランディールは再婚した。
継母は、微笑みながら距離を置いた。
礼儀正しく、冷たく、私を“家の空気”のように扱った。
そして、妹が生まれた。
血の繋がらない妹――継母の子。
父は、彼女を溺愛した。
「我が家の誇りだ」「将来は家を継ぐ者だ」
その言葉は、私には一度も向けられなかった。
私は、家の中で“余分な存在”になった。
それだけなら、まだ耐えられた。
けれど、彼女たちは、私の存在を消すように、日々小さな棘を刺してきた。
継母は、私の部屋にだけ暖房を入れなかった。
冬の朝、吐く息が白くなるほど冷え込んでも、彼女は「予算の都合」と言った。
妹は、私のドレスにこっそり魔力染料を混ぜた。
舞踏会の夜、私の衣装だけが異様に色褪せ、貴族たちの笑いの的になった。
食卓では、私の席だけが外されることもあった。
「人数が合わなかったのよ」と継母は言った。
けれど、椅子は余っていた。
妹は、私の筆記用具を隠し、試験の前日に「探してみたら?」と笑った。
継母はそれを見て、何も言わなかった。
むしろ、微笑んでいた。
私は、声を上げなかった。
誰も聞こうとしないことを、知っていたから。
そしてある日、父は言った。
「王太子との縁談など、身の程を知れ。
お前はもうグランディール家の者ではない」
その言葉は、私の存在を否定する宣告だった。
継母は何も言わなかった。
ただ、妹の肩を抱いていた。
私の視線を避けるように。
私は荷物をまとめ、馬車に乗せられた。
行き先は、王都から遠く離れた辺境の村。
貴族の名も、令嬢の肩書きも、すべてを剥がされた私は、ただの“追放者”だった。
馬車の窓から見える景色は、次第に華やかさを失っていった。
舗装された道は土に変わり、石造りの建物は木造の小屋へと姿を変える。
春の花は散り、冷たい風が吹きつける。
私は、何も言わなかった。
涙も流さなかった。
泣くことすら、許されない気がした。
けれど、心の奥では、静かに何かが崩れていた。
それは、夢だったのかもしれない。
王妃になるという未来。
家族の誇り。
努力のすべて。
それでも――私は、生きていた。
左手の指輪を、ぎゅっと握りしめながら。
それだけが、私の誇りだった。
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第三章:辺境への旅路
行き先は、王都から遠く離れた辺境の村。
貴族の名も、令嬢の肩書きも、すべてを剥がされた私は、ただの“追放者”だった。
馬車の窓から見える景色は、次第に華やかさを失っていった。
舗装された道は土に変わり、石造りの建物は木造の小屋へと姿を変える。
春の花は散り、冷たい風が吹きつける。
辺境の村は、静かだった。
人々は私を警戒し、距離を置いた。
「王都から来た令嬢だって?」「魔力もないくせに」
そんな声が聞こえた。
けれど、それも当然だ。
突然現れた元貴族の令嬢など、誰も歓迎しない。
私は小さな家を与えられ、畑仕事を教えられた。
手は泥にまみれ、爪は割れ、肌は荒れた。
それでも、私は生きていた。
誰にも必要とされない場所で、誰にも頼らずに。
夜になると、王都での記憶が胸を締めつけた。
アルベルト殿下の笑顔。
父の冷たい目。
社交界のざわめき。
すべてが遠く、夢のようだった。
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第四章:森の鳴き声
辺境の村に暮らすようになって、私はよく森へ薬草を採りに行った。
その日も、いつも通りの帰り道だった。
けれど、なぜか――左手の薬指に嵌めた銀の指輪が、かすかに熱を帯びていた。
母の形見。
私が唯一、家族の温もりを感じられるもの。
その指輪が、まるで何かを訴えるように、静かに震えていた。
「……どうしたの?」
私は足を止め、指輪の光に導かれるように森の奥へと踏み込んだ。
すると、かすかな鳴き声が聞こえた。
風に紛れるほどの、弱々しい声。
茂みをかき分けると、そこにいたのは――小さなドラゴンだった。
鱗は剥がれ、翼は折れ、血にまみれていた。
その瞳は、私を見て震えていた。
「あなたも……捨てられたの?」
私はそっと手を伸ばした。
ドラゴンは、弱々しく私の手に顔を寄せた。
その瞬間、指輪がふわりと光を放った。
母の声が、遠く記憶の奥で囁いた気がした。
「あなたは、強い子。誰かを守れる子」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
涙が、初めてこぼれた。
「大丈夫。もう、ひとりじゃないよ」
私はその子を抱き上げた。
指輪の光は、静かに彼を包むように揺れていた。
「あなたの名前は……ルゥ。今日から、私の家族」
辺境の空は、静かに晴れていた。
そして私は、初めて“生きている”と感じた。




