ハルカですよ! ハルカ! ①
「……はぁ」
「えっへへ……一日ぶり一日ぶり」
「……ねぇ」
「これがないとねこれがないと……抱いて撫でてぎゅっとしてデレデレ〜って感じでさ!」
「……ハルカ」
「ん〜?」
「……流石にどうかと思う」
「へ? 何が?」
朝のホームルーム前。私はハルカに抱きつかれていた。その抱きつき方が特殊だった。
無理矢理私の上に乗ってきて、まるでお姫様抱っこのような姿勢にさせられた。
ハルカは全体重を私に預け、ギリギリ触れる感じで首に手を回してきている。
そして、ニコニコとしながら、時折わたしのあたまを撫でながら、じっと私を見つめてきている。
時折、クラスメイトの視線を感じる。正直に言って恥ずかしい。恥ずかしすぎて死ぬかもしれない。
「……もしかして、いや?」
キョトンとした顔で首を傾げてくるハルカ。私は彼女からそっと顔を背け、ゆっくり頷いた。
「えぇ〜!? いつもこんな感じじゃん! 何故急に……!?」
驚いた声を出すハルカ。違う、違う、そうじゃない。
普段の抱きつき方なら恥ずかしいけどまあ慣れてるから大丈夫。だけど、こんな椅子に座りながらお姫様抱っこなんて意味わかんない状況なのが嫌。
「もぅ……至福の地獄って感じだったんだけどなぁ」
ため息をつき、ゆっくりと私から手を離し、器用に私から降りるハルカ。
彼女は一度ため息をついてから、私の机に両手を乗せ、見つめてきた。
「カレンは……寂しくなかったの? 私がいなくて」
「え……そうだな……そう……だね……?」
正直に言うと寂しくはあった。けれどアムルやハッピー、みゆに青柳さんが居たし、そこまで寂しさを感じてはいなかった。
何か物足りないなあ、と言う感じはあったけれど。
「……なんか怪しい。私がいない間に何かしらのイベントがあった。って顔してる」
「イベントって……」
私は思わず苦笑する。まるで私がラブコメの主人公みたいな言い草。
そんなわけがない。私は運が良くて意外と友達がいるけど、普通だったらぼっちで高校三年間を終わる女。現実は漫画やアニメのように出来ていない。
事実、昨日は男子と一度も話していないし。
「んむ……よしカレン! 放課後制服デートしよう!」
「……へ?」
ハルカは何故か一回、その場で回転してからビシッと私を指差す。
私は思わず首を傾げてしまった。
「ふふふ……負けてられないよ、メインヒロインとして負けてられないよ!」
(この子ってこんなバカだっけ……)
さっきから微妙にコミュニケーションが取れていない気がする。いつもこんな感じ、と言われたらこんな感じだけど。
「あ、やば! 森センがくる……! じゃあまた後でねカレン!」
「あ、うん……」
担任の気配を察したのか、教室のドアを一瞥すると、ハルカは元気よく手を振りながら自分の席へと帰って行った。
「……はぁ」
疲れた。
*
「というわけで! 放課後になって教室を出て階段降りて靴履き替えて校門から出て歩いて駅に向かって電車に乗って目的の駅で降りてやってきました今ここに!」
「なんで一から十まで説明してるの……?」
放課後、私たちはショッピングモールに来ていた。
早口でそれを説明するハルカ。誰に向けて言ってるんだろう。
「ふふふ……! さあカレン! 何がしたい!? 何をする!?」
「え……そうだな……」
私は辺りを見回す。ゲーセンや服屋、フードコートに雑貨屋。チラッと見回すだけで色々な種類のお店がある。
正直に言うとどれにも惹かれない。というより、どれも同じくらいの興味だから一つに決められない。
要するに、なんでもいいかなって感じ。
「……どれでもいいかな」
「うわ……それ一番困る奴だよカレン」
呆れた顔で私を見るハルカ。誘ったんだったらそっちが色々プラン考えて欲しいな、と思うのは私の傲慢なのかな?
というより、私はハルカが楽しければ何でもいいから、ハルカに決めてもらいたいという感じ。
「うーん……カレンって服とか興味ないよね。可愛いぬいぐるみとかアクセにも興味なさそうだし……」
チラッと、私を見るハルカ。すると何故か彼女はは小さくため息をつき──
「カレンって……なんもないね」
「え? なんで私今バカにされたの?」
急にバカにしてきた。
思わず口に出した私の問いにハルカは答えず、わざとらしくおでこに人差し指を当て、考えてますアピールをしながら唸り始める。
「……よし! 困った時のゲーセンだ! ゲーセンに行こう!」
そう叫び、ハルカは私の手を取る。
私の答えを聞くよりも先に、彼女は私を引っ張りながらゲーセンへと向かい始めた。
(地味に痛い……)
楽しげな老夫婦、暴れる子供、初々しいカップル。それらを避けながら、私たちはゲーセンへと向かう。
近づくにつれ、ジャカジャカうるさい音が大きくなっていく。どれがなんのゲームの音なのかさっぱりわからない。
「よし……女子高生って言ったらクレーンゲームだし、それやろう!」
「そうなの……?」
「そうなんじゃない?」
真っ直ぐに両替機へと向かうハルカ。慣れた手つきで鞄から財布を取り出し、そこから千円札を手に取り機械へ挿入。
「ふふふ……見てカレン! 百円玉が十枚!」
「……うん、そうだね」
どうやったら両替しただけでそんなにテンションを上げられるのか、私にはわからない。
両替したことに興奮しているんじゃなくて、それを使ってゲームが出来るようになったから興奮しているのかな?
「うーん……ねえねえカレン。なんか欲しいものとか気になるものある?」
「え……えっとね……」
キョロキョロしながらたくさんの筐体の間を歩く私たち。
大量のお菓子だったり、まさかの缶ジュースだったり、可愛い女の子のフィギュアだったり、謎のキャラクターの大きなぬいぐるみだったり、景品は多種多様。
なんか、全部気になりはするけれど、取れるかどうかわからないからやる気は出ない。って感じ。
「きゅん……っ」
「ん?」
その時、ハルカの口からトキメキ音が聞こえた。
彼女の見る筐体へ私も目を向ける。そこに置かれていたのは、可愛らしいうさぎの大きなぬいぐるみ。
「かわ……」
ぼそっと呟くハルカ。
確かにあのうさぎのぬいぐるみは可愛いかも。丸っこくデフォルメされていて、目がうるうるしていて、あざといオーラ出しまくりって感じ。
「……カレン。私はやるよ。あの子をお迎えするよ! 私のベッドルームに!」
百円玉を握りしめ、眉をキュッと締め、じっと私を見つめ宣言するハルカ。
私は特に何も言わず、とりあえず頷いておいた。
「この百円に私の全てを賭ける……!」
「全てを賭けるには早すぎない……?」
「うん……そうかもね!」
全力でボタンを押すハルカ。
しかし、彼女はレバーを動かさずに押したので、アームは初期位置でゆっくりと下に降りていく。
「あ……」
「あ……」
空を切るアーム。
惜しいとか、あとちょっと前とか、もう少し後ろだったとかじゃなくて。ただただ虚無。
一歩も動かず、獲物も狙わず。ただ下に降りるだけで、ハルカの全てを賭けた百円が消費された。
「……まだ一回目だし。一回目で取れるほど甘くないって知ってるし」
「うん……」
なんとも言えない虚しさを誤魔化すように、ハルカは自身に言い聞かせるように呟きながら、百円玉を投入。
「がんばれハルカ……」
私はそれを聞いて頷きながら、なんとなくハルカの頭を撫でた。
「カ……カレンが撫で……」
すると、彼女はまたレバーを動かさずに、ボタンを押した。
「あ……」
「あ……」
私たちの目の前で、下降するアーム。
一回目と全く同じ場所で、全く同じ動きをするだけで、再び百円が消費された。
「……手が滑っただけだもん」
「な、なんかごめんねハルカ……」
唇をきゅっと噛みながら、ハルカは三百円目を投入。
レバーに手をかけ、じっとアームを見つめる。
ゆっくりとレバーを上へ動かす。アームがぐらぐら揺れながら、うさぎの元へと向かっていった。
「……行くよ、カレン」
「うん……」
慎重な顔で、冷や汗を頬に一滴垂らしながら、ハルカがボタンを押す。
ピロンピロン鳴りながら下降していくアーム。ゆっくりと左右に開く。
やがてアームは、ゆっくりと閉じ始める。その時、確かにうさぎのぬいぐるみの足を掴んだ。
「来た! 来たよカレン! 来た!」
「行けるねこれ……!」
ぐらぐら揺れながら、うさぎを持ち上げていくアーム。
「……あ」
「……あ」
しかし、一番高いところにたどり着いた瞬間、急にアームはうさぎのぬいぐるみを手放した。
ボールで敷き詰められた床に落とされるうさぎ。ほんの少しだけ跳ね、真顔で私たちを見つめる。
何も掴んでいないアームは、まるで一仕事終えたかのように元の場所に戻ってきた。
「……カレン、よろしく」
「え!? 私!?」
手のひらに百円玉を七つ乗せ、私に差し出してくるハルカ。
ほんの少し泣きそうな顔をしながら、上目遣いでじっと私を見つめてくる。
「……ま、任せとけ!」
「さすがカレン!」
彼女の瞳の訴えに負け、私は百円玉を受け取りサムズアップ。
まず一枚入れて、指と指の間でレバーを挟み、親指をボタンの上に軽く置く。
「おお……! なんかプロっぽい動き……!」
(……っぽいだけだよ。私クレーンゲームで景品取れたこと一回もないもん)
とりあえずレバーを動かし、アームをうさぎの上に置く。
そして、うさぎをじっと見つめ──
(……全然わからん!)
少し力強く、ボタンを押した。
「完璧なんじゃない!?」
「そ、そうかもね……」
正直、さっきのハルカの動きと何が違うのかわからない。
あとはもう、運に頼るしかない。
(お願い……!)
先程同様、軽快な音を鳴らしながら下降するアーム。
ゆっくりと左右に開き、がっしりとうさぎのぬいぐるみを掴んだ。
ちょっと凹むくらい、強く掴んでいた。
(なんか……さっきと挟む力違くない? 強くない?)
やけに安定したまま、うさぎのぬいぐるみを持ち上げていくアーム。
前回とは違い、一番上まで到達してもうさぎのぬいぐるみを落とすことなく、出口へと向かっていく。
「わ! すごいすごいカレン! すごいってカレン!」
(……なんかさっきよりアームの力強くない?)
そして、アームは出口の真上でうさぎのぬいぐるみを落とした。
うさぎのぬいぐるみが落ちた瞬間、機械から若い女性の称賛する声が鳴り響く。
「え!? うわすごいよカレン! カレン大好き!」
ぎゅっと私を後ろから抱きしめてくるハルカ。
(……絶対アームの力強くなってたって)
嬉しさよりも、なんか露骨なアレが見えて、それに対する萎えが私の頭の中を満たしていった。
*
夕暮れ時。さよならの練習をしたくなる夕焼けが私たちを照らしている。
「えへへ……楽しかったねカレン!」
「うん……そうだね」
左手にうさぎ、右手に私を抱きながら歩くハルカ。彼女はとっても笑顔で満足げだ。
「それにしても凄いよねカレン。一発でうさぎ取れるんだもん」
「たまたまだよ……たまたま」
「またまた謙遜しちゃってぇ……カレンさんは……もう!」
強く抱きしめてくるハルカ。一瞬、私の関節が悲鳴を上げた。
それにしても楽しかった。久しぶりに友達と、ハルカと外で遊んだけど、すごい満たされた感じ。
人生って、青春って、こういう事言うんだな。とか思ったりして。
普通は大人になってから振り返って、青春してたなあと振り返るのかもだけど。
「あ、私こっちだから……」
「ええ!? もうカレンと別れるの……むぅ」
私が帰り道を指差すと、不満げな声を出しながら、ハルカはゆっくりと私から手を離す。
そして、うさぎのぬいぐるみを両手でぎゅっと抱きしめながら、頬を膨らませながら、私をじっと見つめてきた。
「名残惜しいけど……制服デート、もう終わりなんだね」
「そうね……」
思い返す。今日の出来事を。ハルカとのデートを。
騒いで喋ってイチャついて。思い返すと少し恥ずかしいけど、楽しい思い出ばかりだ。
「……これ、ずっと大切にするね」
うさぎに顔を埋めながら、ハルカがそう言う。
私はそんな彼女に向け、静かに頷く。
「……えへへ! また明日ね! カレン!」
「うん……また明日」
うさぎの手を取ってそれを左右に振りながら、ハルカは笑顔のまま私に背を向け、歩き始めた。
「……えへへ」
ハルカの背を見ながら、私は思わず笑ってしまう。
楽しかったなぁ、明日が楽しみだなぁ、とか思いながら。