薄幸・多幸・虎の巻 〜ハッピーだも〜ん〜 ①
「……暇だな」
お昼ご飯を食べ終え、アムルと別れた後、私は教室に一人でいた。
なんとなく思い出すのは別れ際のアムルの顔。めっちゃくっちゃ悲しそうな顔をしていた。
今日はハルカが休みだから教室ではずっと一人だ。たまに話しかけてくれる人もいるけどほんの数秒。
ハルカと親密になりすぎたな、と後悔。彼女がいる時は何の問題もないけれど、居ないと凄い寂しい気分になる。
「つまり! ノーハッピーと言うわけですね!」
「当たり前のように心を読まないでくれる……?」
いつの間にか隣にいたハッピーがニコニコしながら叫んできた。
クラスメイトの視線が一瞬、私たちに集中する。だがみんなすぐに視線を戻した。
ハッピーは割と頻繁にウチのクラスに来て大声で喋るから、もうみんな慣れて来てるのかな。
「にしてもカレンちゃんがぼっちとは……! ハルカちゃんしかクラスに友達いないんですか?」
「ぼっちじゃないし……一人でいるだけだし」
「ぼっちじゃないですか……!」
私の隣に立っていたハッピーは、飛び跳ねるように移動し、目の前にやってきた。
勢いよく机を叩き、私をじっと見つめてくる。
「その顔……不平不満不幸を感じている顔ですね! 要するにノーハッピー! つまりノーハッピー! と言うことはノーハッピー!」
「……ハッピーが来てからの方がノーハッピーな気がするけど」
まずい。ハッピーの面倒臭い部分が爆発し始めている。
この状態になったら人の話聞かないし、メチャクチャなことをしでかす時もあるから非常に危険だ。
「今現在カレンちゃんはハルカちゃんが不在故にぼっちで一人寂しくべそべそと泣き言吐きながらグループに混ざれない悔しさと寂しさを自分から一人でいるなどと格好つけて必死に自分の弱い心を守ろうと……ブツブツ……」
「全部間違ってるよ?」
顎を指で弄りながら、小さい声でブツブツと呟き続けるハッピー。
こう言う時の彼女は無駄に凄い想像力でわけのわからない分析をして、他人をその状況から無理矢理改善させ、ノーハッピーからハッピー状態にしようとしてくるのだ。
大抵は彼女が何かをする前に「ハッピーになった」と言えば満足するのだが、多分このブツブツモードは手遅れ。もう何言っても一ミリも聞かない。
私は教室の右側を見上げ、時計を確認。昼休みが終わるまであと十分もあった。
一応スマホを取り出してこちらでも時間確認。当たり前だけど、教室の時計が示す時間と変わらなかった。
「分析完了! キュー! イー! ディー!」
私がスマホをポッケに戻すその瞬間、ハッピーが叫んだ。
嬉しそうに拳を握りながら、それを天高く振り上げるハッピー。
その直後、彼女は机を勢いよく蹴り飛ばし、何故か真正面から抱きついてきた。
「へぁ……!?」
彼女の短くも繊細で綺麗な髪が、私の鼻をくすぐる。漂う匂いは、甘いシャンプーの匂い。
私の胸元に、柔らかい彼女の胸が押しつけられる。弾力があると言うよりは、ふわっとした感じの胸が。
首に回されるスベスベの腕。優しくも激しく、私を抱きしめてくる。
私の耳を、彼女の熱い吐息が襲う。くすぐったさと、ほのかな暖かさでこそばゆい。
全身で感じる温かい体温。柔らかい素肌。制服が奏でるかすかな衣擦れ。絡まる足と密着する太もも。
心臓が高鳴る。変にドキドキする。
ハルカで麻痺してい手気づかなかった。他人に抱きつかれるのってこんなにも熱く、激しく、感情が動かされるんだ。
ハッピーの大きな鼓動が聞こえる。きっと、私の心音も彼女に届いている。
潤んだ目で、濡れたような瞳で、私をじっと見つめてくるハッピー。
ゆっくりと、ゆっくりと、私に顔を近づけてくる。
耳元で小さなリップ音。はぁ、と彼女は一息つき──
「大好きだよ……カレン……」
「わあああああ!?」
「あべしっ!?」
私の羞恥心は限界に達し、つい腕を大きく振るう。
それがハッピーに当たってしまい、彼女は吹っ飛ばされ壁に勢いよく叩きつけられた。
「あ!? ごめんハッピーちゃん! 大丈夫!?」
私は急いで彼女に駆け寄る。すると彼女は笑いながら──
「大丈夫大丈夫です! ナイスパンチでした!」
と、サムズアップしながら言った。
「ほ……本当に?」
私は少し赤く腫れている彼女の頬に触れる。すると何故か、ハッピーは私の手にそっと触れて──
「えへへ……カレンの手、冷たいね」
と、恥ずかしそうに言った。
(……えと?)
なんかさっきから、喋るたびに人格が変わっているような気がする。
さっきの大好き発言だったり、今の手が冷たいね、とか。ハッピーが言ってるんだけど、彼女が喋って出た言葉には感じられない。
誰かに似てる気がする。誰だ? 私の知っている誰かだ。
私は思わず首を傾げる。その時、キンコンカンコンとチャイムが鳴った。
「あ、そろそろ昼休み終わりますね」
すると、ぴょんっとハッピーが立ち上がり、ドヤ顔をしながら私を見てきた。
「それでどうでした!? 私のハルカちゃんモノマネ!」
「モ……モノマネ? あ……!」
ハッピーに言われて気がついた。そうだ、ハルカに似てたんだ。あの変なハッピーは。
全然気づかなかった。言われてみれば雰囲気は似てるかも、ってくらい。
(だから抱きついてきたのか……はぁ)
私は思わずため息をつく。ハルカがいなくて寂しそうだから、ハルカの真似をしてあげればハッピーになるとでも思ったのかな?
「それじゃあ私、自分のクラス帰りますね」
背伸びをしてから、ハッピーがにこやかな顔をして言う。
「うん……あ、ごめんねハッピーちゃん。殴っちゃって」
彼女が席から離れようとした時、私は先ほどの愚行をもう一度謝った。
すると彼女は肩を小刻みに揺らしながら笑い、私の頬をペチッと叩いた。
「じゃあこれでおあいこで!」
笑顔で、ハッピーはそう言った。
(……すっごい、いい子)
私は思わず心の中で呟く。少しくらい怒ってもいいのに、いじる感じでバカにしてくれてもいいのに。私が気にしないように許してくれた。
普段の奇行が目立つから忘れていたけど、この子ってこんないい子だったんだ。と改めて認識する。
「じゃあまた暇な時に! 大好きですよカレンちゃん!」
そう叫びながら、彼女は私に手を振りながら教室を出て行く。
(今の大好きって……ハルカの真似で? それとも……)
いまだ火照っている耳に触れながら、私は彼女の背中を見送った。