プルミエ♡アムル ①
「ふわぁ……」
三時間目の授業が終わり、私は大きくあくびをした。
もちろん口は隠して。見られたら恥ずかしいし。
あくびを終えた後、私は机の上に広げた真っ白なノートと、テキトーなページが開かれた教科書を机の中にしまった。
そして、椅子をなんとなく浮かせて、私は辺りを見回す。
今日は珍しくハルカが休みだから静かだ。別にハルカ以外にもクラスに友達はいるけど、基本ハルカとベッタリだから今はぼっち。
「カーレンさん! こんにちわ! こんにチワワ!」
「……なんじゃそりゃ」
突然、教室の扉が勢いよく開かれた。そして、開けた主が私の名前を叫ぶ。
この声、このノリ。開けたのは当然アムル。見なくてもわかる。
「あれ? ハルカさんいないんですね……珍しい」
「はっや……」
瞬きをした瞬間、私の目の前にアムルが現れた。私じゃなかったら見逃していたかもしれない。本当は見逃したけど。
「ってことは今日は私がカレンさんを独り占めに……うへへ……えへへ……」
両頬に手を添えながら、いやんいやんと体をくねくねさせるアムル。
頬はほんの少し赤く染まっていて、口元がだらしなく緩んでいる。
恐らく、彼女は今、私にデレデレな状態だ。いつもこんな感じだけど。
なんでこんなに慕ってくれるのかはよくわかんない。何かあったかな? 彼女がデレデレになるきっかけ。
「では早速抱きしめ……みぎゃっ!」
「……みぎゃ?」
突然、アムルの頭が誰かに叩かれた。
見上げると、そこに居たのは見覚えのない女生徒。
「コラ! 次の授業の係、あなたでしょアムル! 先生もう教室来て探してたよ、あなたのこと!」
「……えー……あー……カレンさん大好き!」
女生徒を一瞥した後、アムルは気まずそうな顔をして彼女から顔を逸らし、私に抱きつこうとしてきた。
しかし、すぐに女生徒はアムルの制服の襟を掴んで引っ張り、それを阻止。
「ごめんなさい。ちょっと持っていきますねこの子」
「カ……カレンさん! カレンさん助けて! カーレーンーさ……」
ズルズルと引っ張られていき、フェードアウトするアムル。
涙目で、私に向けて必死に手を伸ばしながら、彼女は廊下を引きずられていった。
「……なにこの茶番」
*
「よし、今日は誰もいない! カレンさんと二人っきり……よしよし……」
「……いいのかな」
昼休みが始まると同時に私はアムルに誘われ、弁当を持って屋上に来ていた。
本来屋上は入ってはいけない場所なのだけれど、何故かアムルは鍵を持っていて、当たり前と言わんばかりに、普通に屋上に立ち入った。
今日の風は涼しげで、夏のクソ暑い気温が緩和されるような心地よさがある。ずっとここで風に吹かれていたい。そう思うほどに。
クーラーなんかよりずっと心地いい。自然ってすごいな、と私は一人頷く。
「こっちですよーカレンさん! こっちこっち!」
アムルが手を振りながら呼びかけてくる。私はそれを見て、彼女の元へと向かった。
「えへへ……何気に初めてじゃないですか? カレンさんとのお昼!」
ニコニコしながら、その場に座り込むアムル。
私も彼女に続いて、その場に座り込んだ。
慣れた手つきでお弁当セットを開けていく。中に入ってるのは、弁当箱と箸。
パカっと開けると、唐揚げとかコーンとほうれん草が混ざったサラダみたいなのとか、固まった白米が出てきた。開けなくても、私が詰めて持ってきたから中身知ってたんだけど。
ちなみに全部冷凍食品。ご飯は昨日の残り。
「わあ……カレンさん、意外と普通なんですね」
アムルがおにぎりとパンを持ちながら、私の弁当を覗き込んで感想を言う。
意外と普通って、どう言う意味なんだろ。
「お母さんとかお父さんが作ってくれるんですか?」
首を傾げながら問うアムル。私は左右に首を振って答えた。
「ううん。私」
「ッ!? と言うことはカレンさんの手作り弁当……!?」
驚いたような、何か衝撃を受けたような、びっくりしたような。そんな顔をするアムル。
「手作りって言っても全部冷凍食品だよ?」
私はなにも作っていないに等しい。凄いのはこの冷凍食品作ってる会社の人たち。
「手作り……手作り手作り……ふんふん……」
「あのー……?」
私の話を聞かずに、アムルは俯きながら一人でぶつぶつと呟き始める。
しょうがないから私はため息をついて、唐揚げを箸で掴み一口食べる。
(おいし……っ)
冷たい、というより温い感じの唐揚げ。すごい美味しい。凄い。
もう一口、私は口に──
「……じー」
「……えと? アムルちゃん?」
「……じーっ」
「……アムルちゃん?」
「じー……じー……じー……!」
何故か、アムルが「じー」と言いながら、じっと見つめてきた。
私を見ている。いや違う、私の食べようとしている唐揚げを見ている。
「じー……」
狙っている。露骨に狙っている。私の唐揚げを、唐揚げ様をアムルが狙っている。
「じー……」
私は彼女から少し目を逸らし、唐揚げを口に運ぼ──
「じー!」
運ぼうとしたら「じー!」と叫ばれた。
思わず手が止まる。ゆっくりとアムルを一瞥すると、先ほどまでよりも鋭い目つきで私、もとい唐揚げを見つめていた。
「……アムルちゃん。唐揚げ、食べる?」
「いいんですか!? 食べます!」
私が提案すると、アムルは今まで見せたことのない笑顔を見せながら、両手をギュッと握りしめ嬉しさを全身で体現した。
そんなに食べたかったんだ。唐揚げ。
(……新しい唐揚げの方がいいよね)
今、私が箸で掴んでいるのは食べかけの唐揚げ。
まだ口の付けていない新品の唐揚げの方がいいだろう。そう思い、私は一度、唐揚げを弁当箱に戻──
「あ……」
戻そうとしたら、何故かアムルが残念そうな声を出した。
チラッとアムルの顔を見る。すると彼女は、私の食べかけの唐揚げをじっと見つめていた。
私はもう一度、食べかけの唐揚げを箸で取る。
「あ……!」
すると今度は、嬉しそうな声を出した。
(どういうこだわり……?)
私が食べた唐揚げの方が美味しそうだと思ったのかな? 同じメーカーの唐揚げだし、味は変わらないと思うけど。
アムルがいいなら、まあいいか。と言うわけで私は食べかけの唐揚げを箸で持ち上げた。
そして、うまく唐揚げを掴みながら箸をアムルに渡そうとする。
「……カレンさん」
すると何故か、アムルは切なげな目で、潤んだ瞳で、私をじっと見つめてきた。
そして、ゆっくりと、口を小さく開けてこちらに差し出してくる。
「……あーん。して欲しいです」
(……なんですとぉ!?)
ゆっくりと目を閉じながら、そう呟くアムル。
小さな口が小さく開いている。とても小さいパンの欠片が、艶やかな唇に申し訳程度についている。アムルの、小さな吐息が聞こえてくる。
なんで目を閉じてるんだろうとか、色々ツッコミたいけど、それ以上に何故か、ドキドキが勝る。
なんでこんなので、ただのあーんで私はドキドキしているんだろう。
一度、アムルをじっと見つめる。そして気づく。
これはまるで、キス待ち顔のようだと。
(……って! 私はバカか!?)
「カレンさん……まだですか……?」
「あ! ごめんね!」
催促され、私は急いで彼女の口へ唐揚げを運ぶ。
ゆっくりと、私の食べかけの唐揚げを、彼女の口へ──
「……モグモグ」
唐揚げを食べさせてあげると、アムルは目を開いて、わざわざ「モグモグ」と言いながら、唐揚げを咀嚼。
「普通に美味しいです」
「そ……よかったね……」
変にドキドキしてしまったせいで、心が落ち着かない。
私ってもしかして今発情期なの? だとしたらアムルをそういう目で見たってことで──
(うええ……なんかごめんアムルちゃん……)
心の中でアムルに謝っておく。一瞬変な目で見ちゃってごめんねと。
「ねえ……カレンさん」
「ん……? どうしたの?」
唐揚げを食べ終えたアムルが、私に話しかけてきた。
自分の唇を人差し指でそっと撫でながら、私をじっと見つめてくる。
「間接キス、しちゃいましたね。なーんて……」
「な……!?」
それを聞いて、私の心臓がドクンと高鳴る。
何を言ってるんだこの子は。バカなのこの子は。アホなのこの子は。
違う! 何を言っているんだ私は。バカなの私は。アホなの私は。
「お礼に私のパン一つあげます。どーぞ!」
私が一人で慌てていると、アムルがどこからか新しいパンを取り出し、私に渡してきた。
渡されたのはメロンパン。未開封。
「あ、ありがと……」
私はお礼を言う。するとアムルは笑いながら「いえいえ」と言って、自分が手に持つパンに齧り付き始めた。
(私が……なんか変に意識しすぎ?)
モヤモヤとした気持ちを抱えながら、私はメロンパンの封を切った。