吾妻ハルカ
放課後、私はハルカと共に教室に残っていた。
夕焼けが淡いオレンジ色を差し込む、二人っきりの教室。
私は自分の席に座っていて、ハルカは私の机の上に座っていた。
足を広げているから、下着が見えそうになっているけれど、私はあえて指摘しなかった。
「夕焼けが差し込む教室……なんかロマンチックじゃない? カレン」
「うん……そうだね」
これが所謂エモいって感じなのかな? うまく言葉にできないけど、心が動かされる不思議な感覚。
「ねえハルカ……そろそろ教えてよ」
窓から校庭を眺めているハルカの足をちょんと指で突き、私は彼女に話しかける。
「大事な話ってなに……?」
「ん? えっとね……」
私を一瞥して、すぐにそっぽを向くハルカ。
夕焼けのせいか、そんな彼女の頬は真っ赤に染まっていた。
ほんの少しだけ俯きながら、両手の指を絡ませたり解いたりしているハルカ。
放課後大事な話がある、というからこの時間まで残っているのに、なんで頑なに話してくれないんだろう。
「ねえ、ハルカったら……!」
私はもう一度、彼女の太ももを指で突く。
くすぐったかったのか、少し笑いながら、ハルカは私を見つめてきた。
「あはは……ごめんごめん! ちゃんと話すからもう少し待って!」
「全くもう……」
私は思わずため息をつく。早く話してほしいんだけどなあ。
「……ねえカレン。カレンってさ、魔法少女座だったよね」
と。出し渋っていたハルカが、ようやく話を始めた。
私は何も言わずに、彼女を肯定するために頷く。
私が魔法少女座だから、何だと言うのだろう。
「私も魔法少女座なんだ……えへへ、一緒だね」
「……えと? それだけ?」
もしかして、同じ星座だから凄い。的なことを言おうとしてるのかな?
私は思わず首を傾げてしまった。それが大事な話?
「少し前に占いで言われたんだ……一週間以内に彼女が出来るよって」
と、ハルカが照れくさそうに呟いた。
その占いなら私も見ていた。一週間以内に彼女が出来るという占い。
そう言えばもうすぐ一週間が経つ。確かに、彼女が出来そうなイベントは何度か起きた──
(……へ!? へ!?)
その時、私は気づいてしまった。
ハルカも同じ星座。ハルカも同じ占い結果。私と同じ占い結果。
つまり、ハルカにも一週間以内に彼女が出来るということ。
私とハルカの二人に、もうすぐ彼女が出来ると言うこと。
それってつまり、それってつまり──
「……気づいた?」
儚げな表情をしながら、頬を赤く染めているハルカが呟くように言う。
じっと、優しい瞳で見つめてくる。じっと、何かを乞うような目で見つめてくる。じっと、うるうるとした濡れた瞳で見つめてくる。
ハルカの瞳の奥には、比喩表現ではなく文字通り、ピンク色のハートが見えた。気がする。
「ねえカレン覚えてる……? 保健室での出来事……私がカレンにキスしちゃったあの事件」
照れくさそうに苦笑しながら語り始めるハルカ。私は何も言わずに、黙って頷く。
「私ね、カレンが大好き」
「……知ってる」
「友達として好き。親友として好き。一人の女の子として……一人の人間として……大好き」
ぴょんっと、机の上から降りるハルカ。
彼女は何も言わずに、小さな足音を立てながら、教室内を歩き回る。
数秒後、彼女は私の元へ戻ってきて、じっと私を見つめてきた。
「ねえ、カレンは私のことどう思ってる? 教えてほしいな」
ニコッと笑いながら、ハルカはそう言った。
私は、背もたれを持ってゆっくりと立ち上がり、ハルカを見つめる。
少しだけ俯いて地面を見て、頬を人差し指で掻いてから、私はもう一度彼女を見つめる。
「……私も、ハルカが好きだよ」
素直に伝える。自分の気持ちを、心の奥底に秘めた気持ちを。
「友達として……?」
ハルカが尋ねてくる。私は頷きながら答える。
「うん、友達として」
「親友、として……?」
ハルカが尋ねてくる。私は頷きながら答える。
「うん、親友として……」
すると、ハルカは少しそっぽを向いた。
そして、唸るような声を出しながら、とても悩んでいることを全身で表現し始めた。
数秒後、ハルカは落ち着いたのか。深呼吸をしてから、私を見つめて言う。
「一人の……女の子として……?」
「うん、女の子としても好きだよ。可愛いし、愛嬌があって、すごく魅力的」
「ふえぇ……ぇえ!?」
私は伝える。素直に伝える。ハルカに伝える。
ありのままの自分を、秘めていた思いを。誤魔化そうとせず、恥ずかしがらずに、直球に伝える。
どうしてだろう。何で何だろう。本来だったら恥ずかしくて死にそうになるのに、ハルカに対してだったら何も迷わずに悩まずに伝えられる。
私が、ハルカを好きだと言うことを。
いつから好きだったのかはわからない。どうして好きなのかも、正直わからない。
けれど私はハルカが好きだ。彼女を愛している、心の底から。
それだけは、わかっている。
「えと……その……じゃ──」
悩みながら、戸惑いながら、話そうとするハルカの口を、私は自分の唇で塞いだ。
「ん……っ」
「んむ……!? んんか……!?」
下を入れて、歯茎を舐めて、舌を絡ませて、空いている両手で彼女を抱きしめる。
甘い味。ずっと味わいたい甘美で艶やかな味。
「……ぷはっ」
数秒後、私は唇を彼女から離した。
トロンとした表情で、戸惑うような表情で私を見つめるハルカ。
そんな彼女に、私は笑みを浮かべながら言った。
「もちろん……人間としても好き。私は、吾妻ハルカが大好きだよ……」
そう伝えると、ハルカは泣きそうな表情をしながら、私に抱きついてきた。
「……本当に? 本当にいいの? 友達じゃなくて、親友じゃなくて……こういう関係になってもいいの……?」
えずきながら、鼻水を啜りながら、ハルカは言う。
私はそんな彼女を優しく抱きしめ、頭を撫でながら、彼女の耳元で囁く。
「うん……だって大好きだもん。ハルカのこと」
「……私もカレンのこと、大好き!」
目を真っ赤にしながら、頬を真っ赤に染めながら、笑顔を浮かべながら、ハルカはそう言った。
そして、彼女は私の唇に自身の唇をそっと近づけ──
「……んっ」
窓から差し込む夕焼けが、キスをしている私たちを照らす。
暖かくて優しい夕焼け。まるで、私たちを祝福しているかのよう。
私は、ハルカをぎゅっと抱きしめ、目を閉じてキスに集中する。
(ハルカ、私はハルカが大好きだよ……本当に)
私はそう、頭の中で呟いた。




