青柳瑠璃
「今日もお疲れ様、カレンちゃん」
「ありがとう……青柳さん」
放課後、誰もいない体育館で私たち二人は、スポーツドリンクを飲んでいた。
壁に背をかけて、座り込んで、息を整えながら、必死に水分補給。すごい気持ちいい。
「ごめんね、居残り練習付き合わせちゃって……本当に助かりました。ありがとう、カレンちゃん」
「あはは……私で良かったらいつでも……」
すぐ近くに置いてあったスマホを手に取り、私は時間を確認。
現在時刻午後七時半。いい感じの時間だ。
先生は八時まで練習していていいと言ってたけど、もう体力無いし、いいんじゃないかな。
「ふぅ……まだ時間あるけど、カレンちゃんどうする? もう流石に疲れちゃってるよね」
飲み終えたペッドボトルを握りつぶしながら、青柳さんが話しかけてくる。
まさかのお誘い。普段だったら無理して誘いに乗るけど、流石に疲れが限界に達しているので、私はゆっくりと頷く。
「う、うん……もう体力ないもん……」
「じゃあ自主練しよっかな。先帰る?」
想定通りの答えだったのか、表示ひとつ変えずに、青柳さんは話を続ける。
この時間一人で学校から帰るの怖いし、待ってよっかな。
「ううん……待ってる」
私は首を左右に振りながら答える。すると、青柳さんはニコッと笑い──
「おけ」
と呟いてから、自主練を始めた。
必死な顔で、だけど楽しそうな顔で、自主練を続ける青柳さん。
凄いなあと思う。憧れもする。真面目だなと、感心もした。
優しくて、綺麗で、かっこいい。とても素敵な女性。
私、青柳さんのこと、好きだな。
*
「誰もいない夜の校庭って結構怖いね、カレンちゃん」
「うん……」
部活が終わり、私は青柳さんと二人で歩きながら校門を目指していた。
とても静かな校内、誰もいない校庭。まるで、世界に私と青柳さんの二人っきりな感じ。
「ねえ……カレンちゃんって恋バナとかする?」
「え……急に?」
突然、恋バナをしようとする青柳さんに、私はつい驚いてしまった。
暇なのか、話を続かせるための話題作りなのか定かじゃないけど。いきなり恋バナはちょっと驚く。
「私はさ……最近気になる人いるんだ」
腕を後ろで組んで、スカートを押さえながら、青柳さんは語り始める。
「可愛くて……つい甘やかしたくなっちゃって……一緒に居て楽しくて……」
優しく、小さな声で、そう呟く青柳さん。
暗闇でもわかるほどに、彼女のほおは赤く染まっていた。
「なんていうのかな……一緒に暮らしたいっていうか、一緒に成長したいっていうか……」
何故か顔を背けながら、青柳さんは話を続ける。
「この人と一緒にいたら私、幸せになれるな……この人と幸せになりたいな……とか。うまく言語化出来ないけど、そんな感じで、特別な気持ちを抱いているんだ……」
くるりと、一回転する青柳さん。
私を見てニコッと笑い、じっと見つめてくる。
「そんな人……カレンちゃんにはいない? 一緒に居たい、一緒に生きたい、一緒に人生を進みたい……そんな人」
「私は……」
青柳さんに言われたことを頭の中で反芻しながら、私は考える。
一緒に生きたい人。それは、私に優しくて私を頼りにしてくれる人。
一緒に居たい人。それは、一緒に居ると楽しくて、安心できる人。
一緒に人生を進みたい人。それは、私が心の底から愛している人。
「ふふ……頑張って考えてるんだね」
女神のような微笑みをしながら、青柳さんは私を優しく撫でてきた。
気持ちのいい撫で方。全てを曝け出したい撫で方。何もかも委ねたい癒し。圧倒的包容力。
「カレンちゃん、私ね……告白しようと思うんだ、その人に」
「……そうなの?」
青柳さんが告白したい相手。一体誰なんだろう。私の知らない頼れる男子とかかな。
「あはは……首傾げちゃって。可愛いね」
青柳さんの撫で撫でが早くなる。自分でも気づかないうちに、首を傾げていたらしい。
「……あはは」
ゆっくりと私の頭から手を離す青柳さん。ほんの少しだけ自身の手をいじると、私の方をじっと見つめてきた。
「私は……若井カレンちゃん。あなたのことが好きです」
「……え?」
今、なんて言った。
今、確かに聞こえた。
青柳さんが好きだと言った。青柳さんが真面目な顔で、照れくさそうな顔で、私を見つめながら好きだと言った。
「最初はね、ただの友達だと思ってた。けどね……あはは、不思議なんだけど。次第にあなたに惹かれていったの。普段はダメダメだけど可愛くて、実力はあるからしっかりしていて頼りになって、気兼ねなく話せる大切な部活仲間……」
ゆっくりと、手を差し出してくる青柳さん。
いつもと変わらない笑顔を浮かべながら、されどキリッとした表情で、私を見つめながら彼女は言う。
「……付き合ってくれますか?」
私は、何も言えないまま、彼女の手のひらをじっと見つめる。
考えて、考えて、考えて──
私はゆっくりと、彼女の手のひらの上に、自分の手のひらを置いた。
「わ、私で良かったら……その……お願いします……」
恥ずかしさが自分の中で爆発する。顔が真っ赤になっているのを感じる。
私も、青柳さんが好きだ。大好きだ。
最初はただの友達だったけど、だったはずだけど。青柳さんが言っていた通りに、私もいつの間にか彼女に惹かれていた。
青柳さんのことを考えると変にドキドキして、青柳さんといると普段の数倍落ち着ける。
そんなドキドキと落ち着きが、きっと私の恋心だったんだ。一緒にいると好きでドキドキするけど、好きだからこそ一緒にいると落ち着ける感覚。熟年の夫婦のような感覚。
私は、そんな感覚を教えてくれた、与えてくれる青柳さんが、好きだ。
「ほんと……断られたらどうしようかと思ってた。嬉しい……!」
パァっと笑顔を咲かせ、青柳さんは私に抱きついてきた。
彼女の柔らかい身体を全身で感じて、変なことを考えてドキドキしてしまう。
それと同時に、彼女の持つ包容力が、私を癒して気持ちをリラックスさせてくれる。
「好きだよ……カレンちゃん」
「……私も。青柳さん」
そして、私たちは徐々に唇を近づけ──
軽く、されど情熱的に、初めてのキスを交わした。
「あは……こんな感じなんだねキスって。初めてしたよ。カレンちゃんは?」
「……私も、初めて」
「あは! よかった!」
にこやかに笑い、頭を撫で撫でしてくる青柳さん。
そして、私の手をぎゅっと握り、いつものように優しく微笑みながら、彼女は言った。
「じゃあ帰ろうか、カレンちゃん」
「うん……青柳さん」
お互いの手を強く握りしめながら、お互いの顔を見つめ合いながら、私たちは校門へと向かっていった。
「ところで! 付き合うことになったんだから青柳さんじゃなくて、瑠璃って呼んでくれないかな?」
「えと……る、瑠璃……?」
「ふふ……ぎこちなくて可愛い可愛い」
「……うぅ。なんか恥ずかしい……」




