薄幸ハッピー
「カレンちゃーん! 聞こえますかー!」
「……あのさ、これなんなの?」
放課後、私はハッピーに呼び出されて校庭に立っていた。
サッカー部や野球部、その他運動部みんなが私に注目している。
何故ならば、ハッピーが屋上に立ちながら私に話しかけているからだ。屋上から、校庭にいる私に話しかけている。叫んでいる。
「なんで屋上で叫んでるの……」
「未成年の主張ですからー! 私まだ未成年ですからー! 未成年が叫ぶのは屋上ってこの国では昔から決まっているんですー!」
「聞こえてるの私の声……!?」
相当離れていて、小さな声で呟いているのに、なんで聞こえているんだろう。ハッピーイヤーは地獄耳、とでも言うのだろうか?
「では行きますよー! 若井カレンちゃーん! 聞こえますかー!?」
「うわ……今ので私の名前知れ渡った……」
屋上にいるハッピーは、遠いところにいるから小さく見えるが、身振り手振りが大きくて普段と変わらない存在感を出している。
私に注目が集まる。ザワザワと周りが騒ぎ始める。
私の学校生活終わったな。嫌な感じの陽キャにバカにされたり、卒業アルバムのコメントで掘り返されるやつだ。進学したら何も知らない人によく知らない人が教えるやつだ。
「返事してくださーい! はーい! って大きな声で返事ー!」
「はーい……」
「大きな声でって言いましたよねぇ!?」
これいつまで続くんだろう。ていうか、私は今から何をされるんだろう。
早く終わんないかな、これ。
「では言います! 私! 薄幸ハッピーは! 若井カレンちゃんが大! 大! 大好きでーす!」
「……ふぇ!?」
ざわめきが大きくなる。
ゴリラみたいに叫ぶ男子の声。耳が割れるほど甲高い女子の声。
そして巻き起こる、若井コール。
「わーかーい! わーかーい! わーかーい!」
「返事だー! 返事をしろ若井ー!」
「きゃああああああああ!」
「やばっ! やっばあああああ!」
「うおっ! うおっ! うおおおおおお!」
(……地獄か!?)
私は今、人生で一番恥ずかしい思いをしている。
本気か冗談かはまだわからないが、私は告白された。たくさんの生徒の前で、校庭のど真ん中で、大声で。
耳が熱い。頬が熱い。口がなんかモニョモニョする。
「……ったく!」
私は舌打ちっぽいことをしてから、走り出す。
そして軽く飛び上がり、地面を思いっきり踏み締めてから、また飛び上がる。
勢いよく飛び上がる私。そのまま、屋上へにゃんぱらりと降り立った。
「おお! まさか来るとは!」
「ねえハッピー……私、死ぬほど恥ずかしいんだけど……」
全力を使ったから体力が切れた。私は息を切らしながら、ゆっくりとハッピーへと近づく。
ニコニコとしているハッピー。一体全体彼女は何が目的でこんな事をした?
「ふふふ……理性がぶっ飛ぶ瞬間を作り出したのですよ! これであなたは逃げられません……!」
すると、彼女はほんの少し頬を赤く染めながら、ニコニコとした顔で私に近づいてきた。
そして、慣れた手つきで私の頬に手を添えてきた。
「私……意外と本気なんですよ……?」
「……へ……!?」
静かにそう呟くハッピー。彼女は私の頬から手を離すと、その場でくるっと一回転してから、校庭の方を手のひらで差した。
「見てくださいこの状況! 断れますか!? イヤと言えますか!? メンタルよわよわカレンちゃんに……!」
計画通り、とニヤつくハッピー。
私は彼女の差す方向を一瞥。数多の生徒が、私の名前を叫んでいる。
全員私の返事待ちと言う事だ。ハッピーも含めて、彼女の告白に私が返事をするのをみんなが待っている。
こう言うのはテレビだから盛り上がるんじゃないの? クラスの、学年の人気者がされるから盛り上がるんじゃないの? と私は思わず首を傾げそうになる。
普段目立たない私に、なんでそんな注目できるのかな? 多分、その場のノリで盛り上がっているだけなんだろうけど。それを何も考えずに本能だけで出来るか否かが、私と彼らの大きな違いだ。
なんてくだらない事を考えている暇はない。兎にも角にも、この地獄を終わらせるには、私が返事をするしかない。
「カレンちゃん……本気で答えてくださいね?」
ハッピーが私の隣にやってきて、そっと呟く。
彼女の表情は変わらずニコニコしていて、変わらず頬を赤く染めている。
「私も……今回ばかりは冗談抜きですから」
両手を合わせて、上目遣いで私を見てくるハッピー。
その、可愛らしい仕草に私は思わずドキッとした。こんなめちゃくちゃな事をやっておいて、出す時はちゃんと女の子を出すのはズルいと思う。
止まらない若井コール。私を突き刺してくるハッピーの視線。
胸がドキドキする。恥ずかしさと、戸惑いで。
私はどうなんだろう。いや違う、わかってる、わかってるよ。
こんなめちゃくちゃな事をやられても、迷惑被られても、なんだかんだで私は一緒にいたい。彼女と、ハッピーと一緒にいたい。
友達として、それから──
「……いや、恥ずかしすぎて無理」
「わーかーい! わーかーい!」
「ハッピーまで若井コールやめてよ……」
出したい。いや、出さなければいけない状況。声に出してちゃんとハッピーに伝えないと、この地獄は終わらない。
何も考えてないようで、ただの頭ハッピーに見せかけて、なんて狡猾。
素直にならないといけない。伝えないとダメなんだ。
(うぅ……ええいままよっ!)
私は、ゆっくりとハッピーの手を取り、彼女を見つめた。
「その……私も好き……ではあるよ……ハッピーのこと……」
「歯切れが悪いですねぇ……愛してる、と言ってくださいよ?」
「そ、それは……えぇ……?」
ぎゅっと、力強くハッピーが手を握り返してくる。
真剣な眼差しで、私をじっと見つめてくるハッピー。
口をきゅっと閉じて、私の返事を待っている。
「……あ、愛してるっ」
私は必死に、必死に、必死に、振り絞ってそう呟いた。
その瞬間、彼女は満面の笑みを浮かべて、それから──
「んにゃ!?」
私に、キスをしてきた。
唇と唇が重なる。私の口内を、温かくて柔らかい舌が這い回る。
歯茎を舐めてきて、舌を絡ませてきて、唾液を軽く吸ってくる。
初めての感覚。まさかの、公開ベロチュー。
校庭の観客が盛り上がる。甲高い歓声が、私とハッピーを祝福してきた。
「……ぷはっ。私も愛してますよ! カレンちゃん!」
そう言って、ハッピーは全力で私に抱きついてきた。
頭がクラクラする。ホワホワする。ふにゃふにゃする。
今、どういう状況?
ハッピーが私に告白してして、私はハッピーに告白されて、チューされて──
「あ、みなさん!」
その時、屋上の扉が勢いよく開く音がした。
私とハッピーはそちらに視線を向ける。現れたのは騒動に気づいて止めに来た教師ではなく、複数の女生徒。
アムルと、みゆと、青柳さんと、ハルカだ。
「おめでとう……ムカつくけど」
アムルが拍手をする。
「おめでとー! カレンお姉ちゃん!」
みゆが拍手をする。
「おめでとうハッピー、カレンちゃん」
青柳さんが拍手をする。
「おめでとカレン! おめでとハッピー!」
ハルカが拍手をする。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
四人が笑顔を浮かべながら、私たちに向け拍手をしてくれる。
すると、ハッピーが私から離れ、一歩踏み出し、彼女たちに向かって微笑みながら──
「ありがとう……」
と、呟いた。
(ハッピーが言うんだ……)
校庭の拍手と歓声がさらに大きくなる。それと同時に、四人の拍手も大きくなった。
鳴り止まないおめでとうの声。街中に響き渡るおめでとうの声。
「うおおおおおおお! 私こそが! 世界の……いや学校の中心で! 愛を叫んだ者だあああああ!」
ハッピーが叫ぶ。さらに湧き上がる歓声。
なんかもう、意味わかんないけど、どうでよくなってきた。
「カレンちゃん……これからたっくさん! 愛し合いましょうね!」
にこやかな笑みで私を見つめ、手をぎゅっと握ってくるハッピー。
私はそんな彼女を見つめながら、小さく頷いた。
「うん……」
こんなのでいいのかな、初彼女って。告白って。
もう少しロマンチックな、エモい感じで、きゅんっと胸がときめくような、そんな感じがよかったなぁと、正直思う。
けれど、これはこれでハッピーらしくていいか。と私はなんとなくため息をついた。
「これにてハッピーエンド! です!」
「……よかったね」




