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ハルカですよ! ハルカ! ②

「ふわぁ……あふぅ」

 情けないあくびをしながら、私は通学路を歩いていた。

 昨日は夜中、いや、夜明けまでゲームをやっていたのですごく眠い。

 やっていたゲームは誰も死なない優しいゲームと数年前に評判になったゲーム。今更始めた。

 よくわかんないから敵を殺しまくってる気がするけど、気にしないでおこう。

「……眠いなぁ」

 もう一度大きくあくびをして、私は少し、早く歩き始めた。

(教室着いたら寝よ……)



「さーみーしーかったーよー! カーレーン!」

「ふわぁ……一日会わなかっただけじゃん……」

「その一日は私にとって大きな一日なの! カレンを見てない触れてない嗅いでない! 辛かったよ……麻薬ってこうやってハマるんだと実感した……」

「人を麻薬扱いしないで……」

 教室に着いたと同時に、私の親友吾妻ハルカが全力で抱きついてきた。

 昨日電話した時はかなり弱ってそうな声だったのに、今はこんなにも元気。

 元気すぎて少し鬱陶しい。教室で寝る気でいたから、余計邪魔くさく感じる。

「カレンは寂しくなかった? 昨日はお手洗い誰と行ったの? お昼は? 休み時間は? 放課後は?」

「……あふ」

「ちょ……! あくびして誤魔化さないでよ……!」

 誤魔化そうとしてあくびしたわけじゃない。本当に眠くて眠くて仕方ないからあくびをしたのだ。

 眠い。眠すぎて全然頭動かない。ゲームやらなきゃよかった。

 眠いなぁ。眠いよ。すごく眠い。どうしようもなく眠い。

「眠いなら膝枕してあげよっか? なんてね……私がして欲しいなあ膝枕は」

 目をきゅるるんっと潤せながら、いやんいやんと身体をくねらせるハルカ。

 私はそんな彼女を見ながら、ため息をついた。

「幸せそうで何よりだよ……」

「な、何その返し……」



(やっば……)

 四時間目、眠い。

 さっきからコクンコクンと首が動いている。寝させろ寝させろと私に囁いてくる。ゴーストと共に囁いてくる。

 頭が少し痛い。ていうか、びみょーに痛みを感じながらぼーっとしている感じ。どんな感じだ。

 四時間目の授業は英語。意味わからん外国語、何言ってんのか全くわからない。

 なんで英語なんて習う必要があるんだ。私はずっと日本に引き篭もるんだから必要ないはず。海外から観光客や優秀な人材が集まるからか? 鎖国しろ鎖国。

 なんて馬鹿なことを考えてしまうほど、脳が動いていない。眠い。

「ねむ……」

 思わず呟いてしまった。それほどに眠い。

 あー眠い。眠い眠い眠い眠い──

「わー! 若井さんが倒れた!? せ、先生ー!」




「……ここは?」

 目が覚めると、私は真っ白な天井を見上げていた。

 フカフカのベッド、ふわっふわな掛け布団、白いカーテン。なんだこれ、なんて素敵な場所。

 ちょっと頭が痛い。内側から来る頭痛じゃなくて、何かにぶつけたような痛み。

「……んと」

 なんとなく思い出した。多分私、授業中に眠すぎて倒れた。

 それで保健室に運ばれたんだ。突然倒れたのに救急車とか呼ばれたなかったのは多分、安らかに眠っていたから。

「……うへへ、保健室のベッドとか初めて寝た」

 学校で暖かく気持ちのいい布団に包まれるこの感覚。悪くない、悪くないよ。

 もう少し寝たいなあ。体調万全だけど、まだ少し寝てたいな。あわよくば放課後まで寝てたいな。

 と、その時。小さな足音が聞こえてきた。私は少し姿勢を変え、目を閉じて、寝たふりをする。

 シャッと、少し勢いをつけながらカーテンが開く。

 誰だろう、保険の先生かな。

「カレン……大丈夫?」

(ハルカ……?)

 意外。カーテンを開けベッドに近づいてきたのはハルカだった。もう授業終わったのかな。まさかの放課後だったりして。

「えへへ……先生に許可貰ってきちゃった」

 ハルカが小さな声でそう呟くと、美味しそうな匂いが私の鼻が感じ取った。

 もしかしてこの子、ここでお昼ご飯食べようとしていないか? としたら今は昼休みなのか。

「全く……朝のあくびが伏線だったなんて私、全然気づかなかったよ……」

 呆れたように笑いながら言うハルカ。伏線なのかな、それは。

 ハルカ視線では伏線だったのかもしれない。よくわかんないけど。

「よいしょ……」

 ズシン、とベッドが少し揺れる。恐らく、ハルカが腰掛けたからだ。

 すぐ近くにハルカの体温を感じる。気がする。

「寝たフリしてたりして……」

(……なんだと?)

 突然そう呟くハルカ。ゆっくりとベッドの上に乗り、私の上に跨っている。気がする。

 目を閉じているから状況がわからない。でもなんとなく感じるのは、ハルカが近くにいると言うこと。

「おーい……」

 プニプニと、ハルカが私の頬を突いてきた。

 こそばゆくて笑いそうになるが、私はそれを必死に抑える。

「んー……起きてると思ったんだけどなぁ……」

 耳元でハルカの声が聞こえた。この子、どれだけ私に近づいているんだ?

 少し荒い呼吸が聞こえる。そして、ハルカは小さなため息をつきながら、私の髪に触れてきた。

「……寝てても可愛い」

 私の髪をちょこちょこいじりながら呟くハルカ。これは、なんて言うプレイなんだろう。

 なんて言うか、いつもやってること、やられていることは変わらないのに、妙にドキドキする。

「……寝てるなあ」

 鼻息らしきものがかかってきた。くすぐったい。

「寝てる……よね……」

 見られている。確信はないけれど、見られている。

「んー……いや流石にそれはちょっと……」

 何やら悩む声。うーんと、唸る声が聞こえてくる。

 そして、彼女の指はそっと、私の頬を撫でた。

 目を瞑っているからか、いつもより繊細に感じる。彼女の指の柔らかさ、滑らかさ、指紋、体温まで。全てを感じた気がする。

 くすぐったいとか、そういうのじゃなくて。よくわからないけど、不思議な妖艶さを感じた。

 決して狭くない部屋。私の嘘の寝息と、ハルカの呼吸音だけが聞こえる。

 時折衣擦れも聞こえる。ハルカが、私の体を踏まないように布団の上を這っているのがわかる。

「まるで眠れる森の美女……綺麗な寝顔……」

 謎ポエムが私の耳元で囁かれる。熱い吐息が、私の耳を優しくくすぐる。

 こそばゆい。それよりも、胸のドキドキが勝る。

 今何が起きているのかわからない。何も見えていないのだから当たり前。なのにどうして、何となく想像できてしまうのだろう。

 火照った顔で私を見つめるハルカの顔が思い浮かぶ。濡れた瞳でじっと、私を切なげに見つめるハルカが思い浮かぶ。まるで恋人と初めて繋がる夜が訪れたかのように、恥ずかしさと嬉しさが入り混じった顔をしたハルカが思い浮かぶ。

 これは妄想? 想像? 空想? 理想? 幻想?

 無論、私の妄想であり夢想にして理想の空想を想像して幻想を見ているに過ぎない。けれど何故か、私は確信していた。ハルカは、そんな感じの顔をして私を見ていると。

 うっすらと目を開けて確かめるべきだろうか? でもそれでもし、ハルカがごく普通の顔をしていたら、私が無駄に発情して変なことを親友に対して考えていたことになって、居た堪れない気持ちに殺されそうになるから辞めた。

 最近、変なことばかり起きるし。占いのあの言葉が妙に頭に残っているからこんなことを考えてしまうんだ。バカか、私は。

「お姫様ってさ……キスで目覚めるんだよね……」

 ハルカが小さな声でそう呟く。

 その瞬間、私の唇に──

(……へ!?)

 思わず私は目を見開いてしまった。頬を赤く染めたハルカと、ばっちりと目が合う。

「……うえ!? あ、いやこれはねそのね! ってわああああ!?」

 とても驚いた顔をしながら、瞬時に私から離れ、言い訳をしながらベッドから転がり落ちるハルカ。

「ちょ!? 大丈夫……!?」

 私は瞬時に起き上がり、ベッドから落ちていったハルカを見る。

 お尻を地面に付けながら、痛そうに自分の頭を撫でていた。

 そんなハルカと目が合う。すると彼女は顔を真っ赤にして、瞬時にそっぽを向いた。

 私も、自分から見ておいて顔を背ける。顔が熱い、きっと私の顔も真っ赤だ。

「……ハルカ」

 彼女の名前を呟きながら、私は人差し指で、そっと自らの唇に触れる。

 まだ残っている。柔らかくて、温かくて、甘い感覚が──

「あは……あはは……あのねカレン……えっとね……ド! ドッキリ大成功!」

 いつの間にか立ち上がっていたハルカが、声を震わせながらそう叫ぶ。

 私がゆっくりと振り返ると、彼女は顔だけではなく、全身を真っ赤にしていた。

「その……ちょっとふざけすぎたかな……あはは……メンゴメンゴ!」

 頭を必死にボリボリ掻きながら、視線を泳がせながら、謝るハルカ。

 私はそんな彼女を見て、思わずため息をついた。

 なんていうか、いつものハルカだなって。

「よいしょ……」

 私はゆっくりとベッドから降りて、背伸びをする。

 そして、ハルカをじっと見つめて、言った。

「じゃあ……教室帰ろうか、ハルカ」

「え、あ、うん! そだね!」

 相変わらず顔を真っ赤にしているハルカ。彼女は、私に背を向けて歩き出す。

 しかし、二、三歩歩くと、何故か彼女はその場で立ち止まった。

「……気にしてないの?」

 ゆっくりと振り返り、そう呟くハルカ。

 私は何も言わずに頷く。実際、ハルカにされても少し過剰になったスキンシップ程度にしか思わないし。

──そう思いたいだけかもしれないけど。

「……本当に気にしてない?」

 顔を赤く染めながら、俯きながら、けれど視線をこちらに向けながら、ハルカは呟く。

「うん。ハルカならいつかやるかも、って思っていたし」

 私は彼女が不安に思わないように、あえて軽い調子で言う。

 すると、笑顔になって、ハルカはくるりとこちらに振り返った。

 そして、一歩一歩丁寧に地面を踏みながら、こちらに近づいてきた。

 何も言わずに、両手を広げて、ぎゅっと抱きしめてくるハルカ。

「……ちょっとは意識してほしいな」

 と、彼女は小さな声で呟いた。せがむように、ねだるように、甘えるように、艶やかな声で、そう呟いた。

「ふ……ぇ……!?」

 私は思わず情けない声を出してしまう。普段の彼女からは想像ができない可愛さに、思わず頭がクラッとなる。

「えへへ……なんてね! これもドッキリドッキリ!」

 すると、ハルカは上目遣いをしながら、悪戯っぽく笑いながらそう言った。

 さっと私から離れて、その場で一回転してから、彼女は私に手を差し伸べる。

「さ! 戻ろ! カレン!」

「……全くもう」

 私は呆れ気味にため息をついてから、彼女の差し出した手を取った。

 少し濡れた唇を拭うように、私はそれを舌でペロっと舐めた。

(……甘い)

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