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第9話:理由

クラス対抗戦が終わり、櫻井凪人の活躍はクラス中の話題となった。彼の圧倒的なプレーに、クラスメイトたちは今まで抱いていた彼に対する誤解を解き、尊敬の目で見るようになっていた。


「櫻井、次の試合も頼むよ!」


「今度の体育の時間も、またあのスパイク見せてくれ!」


クラスメイトたちは口々に凪人を称賛し、彼に期待を寄せるようになった。だが、凪人にとってそれは迷惑でしかなかった。


「…やっぱり、こうなるか」


凪人はいつもの無表情のまま、教室の自分の席でノートに視線を落とす。周りの喧騒を無視しようとしても、どうしても視線が自分に向けられているのを感じる。無関心を装っていても、心の中では焦りが募っていた。


「目立つのは嫌だ。これ以上、注目されたくない」


凪人が本気を出したのは、あくまで1試合だけ。美月との約束で、一度だけ協力したに過ぎなかった。それが終われば、また静かに過ごせると思っていたのに、逆に注目されることになってしまった。


「次の試合も…」

「体育の授業でも…」


次々と向けられる期待の言葉が、凪人の中で重くのしかかっていた。


その日の放課後。


凪人は誰にも声をかけられることなく、無言で学校を出ようとしていた。だが、いつものように彼の背中を追う声が聞こえてきた。


「櫻井くん!」


美月だ。彼女は凪人を見つけると、少し走って近づいてきた。


「今日もみんな、櫻井くんの話してたよ。すごいね、あのプレー。みんな、驚いてたよ!」


美月は明るい声で話しかけるが、凪人はどこか不機嫌そうに顔を背けた。


「…あんまり騒ぐな」


美月はその言葉に少し驚いたが、すぐに凪人の不機嫌そうな様子に気づいた。


「どうしたの?もしかして、みんなに注目されるのが嫌だった?」


凪人は無言のまま歩き続ける。美月は彼の隣を歩きながら、少し考えた後、静かに口を開いた。


「櫻井くん、なんでそんなに注目されるのが嫌なの?みんなが頼りにしてるって、すごいことだと思うんだけど…」


「…」


凪人は答えない。だが、内心では美月の言葉が彼の心を揺さぶっていた。


「別に、注目されるようなことがしたいわけじゃないんだ」


ついに、凪人は静かに言葉を漏らした。美月はその言葉に耳を傾けながら、黙って彼を見つめていた。


「俺は、普通にしてたいだけなんだ。余計な期待をされるのが、面倒で仕方ない」


「期待されるのが、面倒…?」


美月は首をかしげながら、凪人の言葉の意味を考えた。彼がなぜそんなに自分の力を隠そうとするのかが、まだわからなかった。


「じゃあ、どうしてあの時は本気を出したの?山本くんや、私との約束のため…だけじゃないよね?」


美月の質問に、凪人は一瞬答えに詰まった。あの日、本気を出した理由が自分でもはっきりしなかった。美月やクラスメイトとの約束もあったが、それ以上に何かが彼の中で引き金を引いた気がした。


「…わからない。あの時は、ただ流れに乗っただけだ」


そう答えたものの、凪人は自分でもそれが本心ではないと感じていた。


美月はしばらく黙って彼を見つめていたが、やがて優しく微笑んだ。


「櫻井くんは、もっと自分の力を信じていいと思うよ。私も、クラスのみんなも、櫻井くんのこと信じてる」


その言葉に、凪人は少し驚いたような表情を浮かべた。彼は自分を信じるということを、長い間忘れていたように感じた。


「信じてる、か…」


凪人は静かにその言葉を噛みしめたが、それ以上何も言わずに歩き続けた。


その晩、凪人は自宅で一人、静かにベッドに横たわっていた。美月の言葉が頭の中をぐるぐると巡っていた。


「俺を信じてる…」


美月の真っ直ぐな言葉が、凪人の中でくすぶっていた。彼は今まで、自分を信じることも、他人に期待されることも嫌ってきた。だが、初めて「信じている」と言われたことで、彼の心にわずかな変化が生まれ始めていた。


「…あいつ、何でそんなこと言うんだよ」


一人つぶやきながら、凪人は瞼を閉じた。美月の存在が、自分にとって少しずつ特別なものになってきていることに気づき始めていた。

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