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第8話:本気

クラス対抗戦の日がやってきた。


体育館は、興奮した生徒たちの声援で満ちていた。何週間も準備をしてきたクラスメイトたちが、それぞれのチームを応援し、勝利を期待している。バレーボールの試合がメインイベントとなり、体育館の中心で次々と試合が繰り広げられていた。


櫻井凪人の所属するクラスも、最終試合を目前に控えていた。ユニフォームに着替えた凪人は、いつもの無表情でチームメイトと共にコートに立っていた。今日に限っては、彼も静かに集中しているようだった。


「今日は本気出してくれるんだよな?」


山本が笑いながら凪人に声をかけたが、凪人はそれに答えることなく軽く頷いた。


「1試合だけ…だからな」


心の中で自分に言い聞かせる凪人。美月や山本に説得され、ようやく1試合だけ協力することを決意したものの、彼は内心ではそれが面倒なことになるのではないかと少しだけ不安を感じていた。


「…やるだけやるか」


そうつぶやきながら、凪人は静かに試合の開始を待っていた。


試合開始のホイッスルが鳴り響いた。


最初のサーブは相手チームからだったが、凪人はすぐにそのボールを読み取り、軽やかに反応する。彼の無駄のない動きに、クラスメイトたちは一瞬驚いたような視線を送るが、すぐに歓声に変わった。


凪人は今までとは違う。動きが明らかに速く、判断力も抜群だ。相手チームのスパイクを正確にブロックし、自分のチームに有利なボールを返していく。


「櫻井、すげえ!」


山本が感嘆の声を上げる中、試合はどんどん進んでいった。凪人のプレーは、まさに超人的だった。どのボールも見逃さず、巧みに動き、圧倒的な身体能力で相手チームを圧倒していく。


その動きは、まるでバレーボールのプロ選手のように見えた。彼のジャンプ力、スピード、そして正確なスパイクが、次々と得点を生み出していく。


「何だ、あいつ…いつもあんな感じなのか?」


他のクラスメイトたちは驚きの目で凪人を見つめていた。普段、無気力な態度をとっていた凪人が、これほどまでに本気を出していることに誰もが信じられない様子だった。


「すごい…!」


美月もその場で息を飲んでいた。彼がこんなに動けるなんて、まったく想像もしていなかった。普段の無口で無愛想な姿とはまったく違う。目の前で繰り広げられている凪人の姿は、美月にとって新鮮で、どこか眩しくさえ感じた。


試合は最終局面を迎えていた。凪人の活躍によって、彼のクラスは勝利に近づいていた。相手チームは次々とミスを犯し、焦りが見え始めていたが、凪人は冷静に次のボールを待っていた。


そして、最後のサーブが上がった。


凪人は一瞬でボールの軌道を読み取り、全身に力を込めて高く飛び上がる。そのジャンプは、誰の目にも圧倒的な高さだった。空中で、凪人の体はまるで無重力に浮かんでいるかのように一瞬静止した。そして、強烈なスパイクを叩き込む。


「決まった!」


山本の叫び声とともに、試合は終了した。凪人のスパイクが決め手となり、クラスは見事に勝利を収めた。


「やったぞ!櫻井、マジですげぇよ!」


クラスメイトたちは歓喜の声を上げ、凪人を称賛した。凪人は一瞬、息を整えながら周囲を見回す。チームメイトたちが喜んでいるのはわかったが、彼自身は特に感情を表に出すことはなかった。


「1試合だけ…だからな」


その言葉を自分に再確認し、凪人は静かにその場を離れようとした。しかし、クラスメイトたちは彼を放っておかなかった。


「櫻井、やっぱりお前すごいな!次も頼むぞ!」


「お前、今まで手を抜いてたのかよ!隠すなよ、もっと早くから本気でやってくれればよかったのに!」


「何だよあのジャンプ、どうやって飛んでんだよ!」


クラスメイトたちは口々に凪人に声をかけ、彼の超人的なプレーに驚きと感謝を示していた。凪人はその言葉に軽く頷きながらも、内心ではそれが望んでいなかった反応だと感じていた。


「やっぱり、こうなるから嫌なんだよな…」


彼は注目されることが苦手だった。これまでずっと、目立たないように生きてきたのに、今回の試合で自分の能力を見せてしまったことで、余計に周囲の期待が膨らんでしまった。


「次はもう、俺が出ることはない」


そう心の中で固く決意し、凪人は一人静かに体育館を後にした。

高評価★★★★★

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