第7話:隠しきれない力
クラス対抗戦が目前に迫っていた。
それに向けて、クラス全体が一丸となって練習を続けている中、櫻井凪人は相変わらず冷めた態度を保っていた。周りが必死に声をかけても、彼はどこか遠くを見ているような無関心さを見せていた。
だが、そんな彼にとって一番厄介だったのが――水城美月の存在だ。
「櫻井くん、またみんなで練習するんだって。…一緒に行こう?」
その日、放課後に教室を出ようとした凪人に、美月はにこやかに声をかけてきた。凪人は眉をひそめて、美月の顔を見たが、すぐに目をそらした。
「俺は行かない」
「…やっぱり」
美月は少し残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して続けた。
「でもね、櫻井くん、私…もう諦めないから」
「何を諦めないんだよ…」
「クラス対抗戦まで、協力してほしいの。本当はみんな、櫻井くんを待ってるんだよ。それに…」
美月は一瞬言葉に詰まったが、意を決したように続けた。
「私、あの日助けてもらった時、本当に嬉しかった。だから、櫻井くんがみんなを助けるところ、もう一度見たいんだ」
凪人はその言葉に黙り込んだ。美月の真っ直ぐな瞳が、自分の心の奥にある何かを揺さぶってくる。
「…俺は、そんなに期待されるような人間じゃない」
そう答えたものの、彼の中で少しずつ、美月の言葉が染み込んでいくのを感じていた。
「でも、みんなも私も、櫻井くんのことを信じてるよ。だから…お願い、クラス対抗戦が終わるまででいいから、協力してくれないかな?」
美月の懸命な説得に、凪人は深いため息をついた。
「…わかったよ。対抗戦が終わるまで、だな」
凪人は折れてしまった。自分でも理由がよくわからなかったが、美月の強い意志に逆らうことができなかったのだ。
「ありがとう、櫻井くん!」
美月は満面の笑みを浮かべ、感謝の言葉をかけた。その笑顔に、凪人は少しだけ戸惑いながらも、心の中で静かに決意した。
「どうせ1試合だけだ。終わったらまた元に戻ればいい」
クラス対抗戦が近づくにつれ、練習にも熱が入っていた。凪人も、最低限の協力をすることを約束したため、クラスの練習に顔を出すようになったが、やる気があるわけではない。
そんなある日、練習の合間に、山本が凪人に話しかけてきた。
「櫻井、ちょっと話がある」
凪人は無表情のまま、軽く頷いて山本についていった。体育館の隅で、二人きりの会話が始まる。
「お前、あんまり本気でやってないだろ?」
山本は単刀直入に切り出した。凪人は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに目をそらして「そうかもな」とつぶやいた。
「俺は、お前がもっとできるってわかってるんだ。あの日の試合もそうだ。お前、わざと手を抜いてたよな?」
山本の言葉に、凪人は無言で立ち尽くした。彼はそれを否定しなかった。確かに、自分は本気を出していなかった。
「なんでだよ?お前、俺たちと一緒にやる気ないのか?」
山本の問いかけに、凪人は口を開いた。
「…別に、そういうわけじゃない。俺が目立つと面倒になるから」
「面倒?」
「ああ。俺が目立つと、いろいろと厄介なんだよ」
凪人は静かに答えた。彼が普段から本気を出さないのは、ただクラスメイトとの距離感を保つためだけではなかった。彼の身体能力は普通ではなく、それを隠して生きてきた。それを見せると、他人からの過度な期待や注目を集めてしまう。それが面倒だった。
「でも、ここで勝たなきゃ意味ないだろ?」
山本は真剣な表情で凪人を見つめた。彼にとって、クラス対抗戦はただの遊びではなく、みんなで勝ちたいという本気の気持ちだった。
「お前がどう思ってるかは知らないけど、俺たちは勝ちたいんだ。少しでも協力してくれよ」
凪人は一瞬考え込んだが、再びため息をついた。
「…1試合だけ、本気を出す。終わったら、また元に戻る。それでいいなら、協力する」
山本の目が輝いた。
「マジか!そっか、1試合だけでいい!お前が本気出してくれたら、きっと勝てる。ありがとう!」
山本の勢いに少し圧倒されながらも、凪人は小さく頷いた。1試合だけ、全力でやってみようと心に決めたのだ。
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