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第6話:ぶつかる想い、離れる心

練習試合が終わって数日が経った。


あの日以来、クラスの雰囲気は一変した。特に櫻井凪人に対する視線は冷たく、誰も彼に話しかけようとしない。彼自身も、それを気にする様子はない。いつものように、授業中はぼんやりと窓の外を眺め、放課後は無言で帰っていく。そんな彼に対して、クラスメイトの苛立ちも日に日に大きくなっていた。


体育の授業が終わり、クラスメイトたちは汗を拭きながら次の授業の準備をしていた。だが、教室の中には見えない重い空気が漂っていた。あの日の練習試合での出来事が、未だに尾を引いているのは明らかだった。


「なぁ、櫻井…」


再び声をかけたのは山本だった。彼の顔には、以前とは違う真剣な表情が浮かんでいた。


凪人は一瞬、視線を上げて山本を見たが、すぐに目を逸らす。そして、何も言わずに机の上のノートに視線を戻す。


「無視かよ…」


山本が苛立ちを抑えながら言葉を続けようとする。しかし、その時、別のクラスメイトが声を上げた。


「もういいって、山本。あいつは変わらないんだよ」


その声に、クラスの他の生徒たちが頷いた。山本も困ったように眉をしかめ、凪人をもう一度見た後、ため息をついた。


「…俺は、お前に期待してたんだけどな」


その言葉は、どこか重く、凪人の心に少しだけ響いたかもしれない。しかし、彼の表情は相変わらず冷たいままだった。


美月は、そんなクラスの様子を黙って見つめていた。凪人が完全に孤立してしまっていることは、誰の目にも明らかだった。しかし、それを打破しようとする人は誰もいない。


「櫻井くん…」


美月は何度も彼に話しかけようと思ったが、そのたびに言葉が喉の奥で引っかかる。凪人の冷たい態度に、何を言っても無駄だと思ってしまうのだ。


しかし、彼が街で助けてくれた時の優しさが、どうしても頭から離れない。あの日見た彼の姿と、今の無表情な彼の姿が結びつかず、美月は戸惑っていた。


「私…何かできることはないのかな…」


そんな思いを抱えながらも、美月は行動に移せずにいた。


体育の授業が終わり、次の授業の準備をする中で、クラスメイトたちが小さな声で話し始めた。話題は、やはり凪人のことだった。


「櫻井って、やっぱり無理だよな。ああいうタイプ、どう接していいかわかんないよ」


「もう勝手にさせておけばいいんじゃない?こっちだって、一生懸命やってるのにさ」


美月はその声を耳にしながら、心が少しずつ重くなるのを感じた。クラスメイトたちの言葉が、彼女の中で何かを突き動かしていた。


「それでも…」


勇気を振り絞り、美月は机から立ち上がった。


その放課後。


凪人は、いつものように一人で学校を出ようとしていた。クラスの中では、もはや彼に話しかける人は誰もいない。いつものように、無言で下駄箱に向かう凪人の背中に、いくつもの冷たい視線が向けられていた。


「櫻井くん!」


その声が凪人の耳に届いたのは、ちょうど校門を出る直前だった。振り返ると、美月が息を切らしながら駆け寄ってきた。


「何だよ…」

凪人は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに無表情に戻る。


美月はしばらく息を整えてから、凪人を見つめて言った。


「クラスのこと、気にしてる?」


「は?」


予想外の質問に、凪人は眉をひそめた。美月が真剣な表情で彼を見つめているのが、少しだけ彼の心をざわつかせた。


「みんな、櫻井くんのこと誤解してるんだと思う。でも、私にはあの時の櫻井くんが、もっと優しい人だってわかってる」


その言葉に、凪人の心が一瞬揺れた。だが、すぐに冷静さを取り戻し、淡々と答えた。


「優しい?それ、誰かと勘違いしてるんじゃないのか?」


「ううん。あの日、私が困ってた時に助けてくれたじゃない。それが、本当の櫻井くんだと思う」


美月の言葉に、凪人は少しだけ目を見開いた。確かに、彼は美月を助けた。しかし、あれはただの偶然だった――そう自分に言い聞かせてきた。


「だから、私…櫻井くんにもう少しだけ協力してほしいんだ。みんな、櫻井くんのこともっと知ればわかると思う」


美月は、まっすぐな瞳で凪人を見つめていた。その純粋さに、凪人はどう答えていいのかわからなかった。普段は他人を寄せ付けない彼も、この場ではいつものように冷たく突き放すことができない。


「…どうでもいいだろ。別に俺がどう思われようが」


「それは、櫻井くんが本当にそう思ってるから?」


その問いに凪人は黙り込んだ。確かに、彼はクラスメイトにどう思われようと気にしないつもりでいた。だが、どこかで自分の態度がクラスの雰囲気を悪くしていることはわかっていた。


「俺は…」


言葉を探しているうちに、凪人はふと目をそらした。美月の熱意が、彼の壁を少しずつ崩しているようだった。だが、それでも彼は自分を変えるつもりはなかった。


「もういいだろ。俺に構うな」


それだけを言って、凪人は再び歩き出した。美月はその背中を見つめていたが、しばらくすると静かに呟いた。


「…私は諦めないから」


凪人の足が一瞬止まったが、そのまま彼は振り返ることなく歩き続けた。


翌日、クラスはいつものように騒がしかったが、凪人の周りには依然として孤立した空気が漂っていた。クラスメイトたちが少し離れているのを感じながら、彼は机に向かって座っていた。


だが、ふと前を見ると、美月が自分の方を見て笑顔を向けていた。


「…なんでそんなに笑ってんだよ」


凪人はつぶやくが、その声は美月に届かない。しかし、その笑顔に少しだけ温かさを感じたのか、彼の無表情は少しだけ緩んでいた。

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