第5話:不協和音
新学年になって数週間が過ぎ、校内にはまだ新しいクラスの雰囲気が漂っていた。4月の終わりごろ、学校では恒例のクラス対抗スポーツ大会に向けて、クラスメイトたちは練習試合に参加していた。
「俺には関係ねぇな…」
凪人は無表情のまま、クラスの輪から少し外れたところで腕を組んでいた。バレーボールの練習試合が始まる前、クラスの皆は楽しそうにやり取りをしているが、凪人はその光景を冷めた目で見つめている。
「なんで俺がこんなイベントに…」
彼の参加は、クラス委員による半ば強制的なものだった。凪人自身は、団体競技なんて一切興味がないし、クラスの団結だとか協力精神にはほとんど価値を感じていなかった。それでも、周りの期待を無視するわけにもいかず、仕方なく参加していた。
「じゃあ、そろそろ始めるぞ!」
ムードメーカーの男子が皆に声をかけ、練習試合がスタートした。凪人は無気力ながらも、最低限の動きでサーブを返し、時折スパイクを打つ。だが、そのプレーはやる気がなく、クラスメイトたちが真剣に取り組んでいる様子とは対照的だった。
「おい、櫻井!もう少し真剣にやってくれよ!」
ムードメーカーの男子、山本が苛立った様子で凪人に声をかけた。凪人はチラリと彼を見たが、特に表情を変えることなく軽く肩をすくめる。
「別に…やってるだろ」
「そういう問題じゃないだろ!みんな頑張ってるのに、お前だけ適当だと雰囲気悪くなるんだよ!」
山本の言葉に、周りのクラスメイトも不安げに視線を送る。みんなが一丸となって練習に取り組んでいる中で、凪人のやる気のない態度が徐々にクラス全体に影響を与えていた。
「櫻井、俺らのクラス、勝ちたいんだよ。頼むから協力してくれよ」
山本が少し下手に出たが、凪人の態度は変わらない。彼はため息をついて、ボールを軽く蹴った。
「勝つために本気になる必要なんてないだろ。どうせ、遊びみたいなもんだろうが」
その言葉にクラスメイトたちは一瞬沈黙した。勝ちたい、という意欲に燃えていた彼らにとって、凪人の言葉は冷水を浴びせられたように感じられた。
「遊びって…」
山本は凪人を睨むように見つめ、怒りを抑えるように拳を握りしめた。体育館に、緊張した空気が漂う。
美月はその場を離れていたが、練習の合間に体育館に戻ると、クラスメイトたちの微妙な空気に気づいた。少し離れたところで、凪人が一人無表情で立っている。その彼を山本たちが見つめている様子に、何かあったことは明らかだった。
「どうしたんだろう…」
美月はその光景を見て、少し不安を感じたが、凪人が何かしたのではないかとすぐに気づく。以前、街中で助けられたあの日以来、彼のことが気になっていた美月だが、学校ではあまり話す機会がなかった。だが、彼の孤立した姿を見ると、放っておけない気持ちが湧いてくる。
「…なんとかしないと」
美月は小さく決意を固めるようにして、クラスメイトたちの元へ向かおうとした。
その後の練習試合も、凪人は最低限の動きをするに留まった。周りがどれだけ声をかけても、彼は冷めた態度を崩さず、チームプレーに参加することはなかった。山本や他のクラスメイトたちの苛立ちは日に日に増していった。
試合が終わった後、クラスメイトたちはみんな汗を拭きながら、次の練習に向けた話し合いを始めていたが、凪人は黙ってその場を去ろうとした。
「おい、待てよ」
山本が凪人を引き止めた。今まで堪えていた怒りが、ついに抑えきれなくなったようだ。周りのクラスメイトもそのやり取りを静かに見守っている。
「お前さ、なんでそんな態度なんだよ?クラス替えして、みんなで頑張ろうって時にさ、何で協力しないんだよ?」
凪人は一瞬だけ山本を見たが、すぐに視線をそらし、無表情のまま答えた。
「俺に期待しすぎなんだよ。別に、お前らが勝ちたければ勝手にやればいいだろ」
その言葉に山本の顔が赤くなった。彼は一歩前に踏み出し、凪人に詰め寄る。
「ふざけんなよ!お前みたいな奴がいるから、クラスの雰囲気が悪くなるんだろ!真面目にやれよ!」
「おい、山本…」
他のクラスメイトが止めようとするが、山本の怒りは止まらない。彼の拳は震えていた。
「…殴ってどうするんだ?」
凪人は静かに呟き、山本の目をじっと見つめた。その冷たい目が、彼の拳を止めたようだった。山本は唇を噛みしめ、拳を解いた。
「もういいよ。お前とは話すだけ無駄だ」
そう言い残して、山本は他のクラスメイトたちと一緒に去って行った。凪人はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて静かにため息をついて、自分もその場を後にした。
美月は、クラスメイトたちのやり取りを遠くから見ていた。凪人が何を言われても動じない姿に、彼の孤独さを感じ取った。周りの皆が彼を理解していないように見えたが、それ以上に彼自身も他人を遠ざけている。
「どうして櫻井くんは、そんなに自分を閉じ込めてしまうんだろう?」
美月の胸に、彼への疑問と同時に、かすかな同情が芽生え始めていた。彼女はどうにかして、凪人の殻を破りたいと思うが、その方法はまだ見つからない。
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