第4話:意識のズレ
学校が始まると、いつもと同じ日常が戻ってきた。だけど、私の中では少し違う気持ちが芽生えていた。あの日、凪人に助けてもらったことで、彼の存在が心に強く残っている。
「あの時の櫻井くん…」
教室にいる凪人を目で追ってしまう自分に気づいて、はっとなる。彼はいつものように、無表情で一人窓際の席に座っている。誰とも話すことなく、ただ外を眺めている姿が印象的だ。あの無口な雰囲気が、なんだかとても不思議だった。
友達の会話も耳に入らず、つい凪人のことばかり考えてしまう。
「ねぇ、美月?」
横から友達の声に呼びかけられ、慌てて顔を上げた。
「あ、ごめん。何?」
心ここにあらずだった自分に気づき、急いで取り繕う。
「最近、なんか変だよね?何かあったの?」
友達は心配そうに顔を覗き込んでくる。私は笑って首を振った。
「ううん、なんでもないよ。ちょっと考えごとしてただけ。」
「ふーん、まぁいいけど。でも、何かあったら言ってね!」
彼女たちはそう言って笑顔を見せてくれる。心配されていることが少し嬉しくもあったけど、今はそれどころじゃない。
放課後、私はまた一人で帰ることにした。友達からの誘いを断ってまで、一人で歩く道。考えるのは、やっぱり凪人のことばかりだ。
「もう一度、話せるかな…」
そう思いながら校門を出た瞬間、遠くに見覚えのある背中を見つけた。凪人だ。私と同じ方向に歩いている。なんだか無意識に足が彼に向かって進んでいく。
「櫻井くん…!」
気がつけば、彼に向かって声をかけていた。彼は立ち止まり、振り返る。
「あの日は、本当にありがとう。」
凪人はしばらく黙っていたが、軽く頷く。それだけ。何も言わないのは、きっと彼の性格なんだろうとわかっていたけど、少し寂しかった。
「ねえ、櫻井くんって、普段はどんなことしてるの?」
話を広げようと質問してみたけど、返事は簡単なものだった。
「別に、何も。」
その一言に、会話は終わりそうになった。でも、私はもう少しだけ彼のことを知りたかった。
「じゃあ…趣味とかは?好きなものとか。」
凪人は少し考えた後、低い声で答えた。
「特にない。」
それでも、話したいという気持ちが勝って、私は無理に笑顔を作った。
「そっか…でも、あの日は本当に助かったんだよ。私、あの時本当に怖かったから…」
凪人は何も言わずにまた歩き始めた。
私はその背中を見送りながら、自分の気持ちに戸惑っていた。どうしてこんなに彼に引かれるんだろう。無愛想で何も話さないのに、気になってしまう。
次の日、教室に入ると、いつものように凪人は窓際に座っていた。私はまた無意識に彼を見つめてしまう。すると、彼と目が合った…気がした。でも、凪人はすぐに視線を外した。
「やっぱり、彼は私に興味なんてないのかな…」
そう思ってしまうけど、心のどこかで彼に期待している自分がいる。
「少しでも、彼と仲良くなりたい。」
心の中でつぶやきながら、私はまた彼に話しかけるチャンスを探していた。
放課後、私が教室を出ようとしたその時、突然声をかけられた。
「水城…」
振り向くと、そこには凪人が立っていた。彼が私に自分から話しかけてくるなんて予想外で、心臓がドキドキしているのがわかる。
「どうしたの?」
凪人は少しだけ迷っているようだったが、低い声で一言言った。
「昨日のこと、別に気にするな。」
「え…?」
彼はそれだけ言うと、すぐに教室を去っていった。残された私は、彼の言葉の意味を考えながら、心の中で何かが少しずつ変わっていくのを感じた。
「もしかして、少しだけ彼も私のことを…」
その日はそれ以上何もなかったけど、私の中で凪人への気持ちは、確実に大きくなっていった。