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第20話:救いの手

美月と別れた後、凪人は駅に向かって静かに歩いていた。今日のデートは、彼にとって初めての経験で、どこか新鮮な気持ちが残っていた。


「楽しかったな…」


凪人はふと微笑みながら、美月の笑顔を思い出していた。彼女と過ごす時間は、心地よく、普段の無表情でクールな自分から少し離れて、もっと自然な自分を感じられた。


だが、ふと彼は足を止めた。


「…あれ?」


ポケットに手を入れた凪人は、何かが足りないことに気づいた。美月がさっき手渡してくれた、小さな袋がそこにない。デート中に彼女が買ったアクセサリーの一部を預かっていたのを思い出し、それを彼女に返していないことに気づいた。


「戻るか…」


凪人はため息をつきながら、駅に向かおうとしていた足を引き返し、美月を探し始めた。彼女はまだ駅の近くにいるだろう――そう思いながら、凪人は再び駅前へと向かった。


その頃、美月は駅前の広場で一人、凪人と別れた余韻に浸っていた。楽しいデートの後、彼女は気持ちが少し高揚していた。


「また一緒に出かけられるといいな…」


美月がそう呟いたその時、不意に背後から声がかけられた。


「ねえ、君、さっきから一人で何してるの?」


振り返ると、数人の若い男たちが近づいてきた。彼らは、少し不快な笑みを浮かべながら美月を見つめていた。


「ちょっとさ、暇だったら俺たちと遊ばない?いいじゃん、ちょっとだけ」


美月は一瞬困惑したが、すぐに不安が広がった。彼女は落ち着いて対応しようとしたが、相手のしつこさに圧倒され、言葉がうまく出てこなかった。


「えっと…ごめんなさい、そういうのは…」


だが、彼らは美月の言葉に耳を貸さず、さらに距離を詰めてきた。美月は周囲を見渡しながら、逃げ道を探したが、駅前の賑やかさとは裏腹に、自分を助けてくれる人はいない。


「困ったな…」


その瞬間、背後から冷静で低い声が響いた。


「お前ら、何してるんだ」


その声に、男たちは一斉に振り返った。そこには、無表情で鋭い目つきをした凪人が立っていた。彼の姿は、まさにヤンキーのような威圧感があり、男たちは一瞬戸惑ったように凪人を見つめた。


「なんだよ、お前…」


男たちの一人が反発しようとしたが、凪人は冷静に一歩前に出て、彼らをじっと見つめた。


「さっさと消えろ。そうしないと、俺が相手することになる」


その言葉に、男たちはさらに動揺した。凪人の強烈な目つきと冷たい態度が、彼らを萎縮させたのだ。


「ちっ、つまんねぇな…」


一人が舌打ちをしながら、彼らは不満そうにその場を去っていった。凪人は一瞬だけ彼らを見送り、再び美月の方へ振り返った。


「大丈夫か?」


凪人は美月に優しい声で問いかけた。彼女は少し怯えた表情を浮かべていたが、凪人が目の前にいることに気づくと、安心したように頷いた。


「うん、ありがとう…」


美月は息を整えながら、凪人に感謝の言葉を伝えた。彼の存在がどれだけ心強かったか、美月は改めて感じていた。


「何かあったらすぐに言えよ」


凪人は軽く肩をすくめるように言った。彼にとっては、美月を助けることが当然のことだったが、彼女がそれをとても感謝していることに、少し戸惑いを感じていた。


「櫻井くん、本当にありがとう。あなたがいなかったら、どうなってたか…」


美月の言葉には、彼女の本心がにじみ出ていた。普段は明るくて優しい美月も、今回のような出来事では冷静でいられなかった。だが、凪人が駆けつけてくれたことで、彼女は無事でいられたのだ。


「お前に返す物があったから戻ってきたんだ」


凪人はポケットから、忘れかけていた小さな袋を取り出し、美月に手渡した。彼女が買ったアクセサリーの一部だった。


「あ、これ…忘れてたんだね」


美月はその袋を受け取ると、少し微笑んだ。凪人が気にして戻ってきたということが、彼女にとっては何よりも嬉しかった。


「そうだ。戻ったら、あいつらが絡んでたからな。まぁ、タイミングが良かったってことだ」


凪人は淡々と説明したが、その言葉の裏には、彼なりの優しさが込められていた。彼は無愛想で冷静を装っていたが、美月に対しては確かな気持ちで行動していた。


二人は駅前を離れ、少し離れた静かな道を歩いていた。しばらくの間、二人は無言で歩いていたが、その沈黙は気まずいものではなかった。凪人の存在が、ただそれだけで美月に安心感を与えていたのだ。


「さっき、本当に怖かったけど、櫻井くんがいてくれて…助かった」


美月がぽつりと呟くと、凪人は少し目を伏せた。


「俺は、ただお前を見守ってただけだ。お前が困ってるのに気づいたから、助けただけだよ」


凪人の言葉は簡潔で無駄がない。だが、それが美月には心強く感じられた。


「でも…そうやって私を助けてくれるのが、嬉しいよ」


美月は顔を赤らめながら、少し恥ずかしそうに微笑んだ。凪人はその笑顔に一瞬戸惑い、目をそらした。


「別に、大したことじゃない」


凪人はクールに答えたが、その態度はどこかぎこちなかった。美月の感謝の気持ちに、どう反応すればいいのかがわからなかったのだ。


しばらく歩いた後、駅に戻る道に差し掛かった。美月はふと立ち止まり、凪人の方を見つめた。


「櫻井くん、本当に今日はありがとう。また、こんな時があったら…頼ってもいいかな?」


美月は少し不安そうな顔をして、凪人に聞いた。凪人はしばらくその言葉を噛みしめた後、静かに頷いた。


「もちろん。お前が困ってるなら、いつでも言え。俺はお前のそばにいる」


その言葉に、美月は胸が温かくなり、軽く頷き返した。


「ありがとう。櫻井くんがそう言ってくれると、すごく安心するよ」


彼女は再び微笑み、その場を後にした。凪人はそんな美月を見送ると、静かに息をつきながら、自分の帰り道に向かって歩き始めた。


凪人が自宅に戻ると、心の中に一つの疑問が浮かんでいた。


「俺は…どうして戻ったんだろうな」


忘れ物の事もあるが、それは次の日でも良かった。美月のことを気にかけて戻ったことに、自分でも驚いていた。今までは他人との関わりをできるだけ避けてきた凪人だが、美月との関係はどこか違う。彼女のためなら、無意識に体が動いていたのだ。


「俺も、少しは変わったのかもしれないな」


凪人はそうつぶやきながら、美月のことを考えていた。彼女と一緒にいる時間が、自分を少しずつ変えている――そんな気がしていた。


「これからも、俺はお前を守る」


凪人は静かにそう誓い、美月との次の出会いを楽しみにしていた。

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