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第11話:信じることの意味

凪人は、教室の窓から外を眺めていた。


美月の「信じてる」という言葉が、まだ頭の中でこだましていた。それは、単なる励ましや期待の言葉ではなく、もっと深い意味を持っているように感じた。けれど、凪人にはそれをどう受け止めていいのかがわからない。


「信じられることが、怖いんだ」


中学時代の経験が、彼にとっては重荷だった。信じていると言われ、その期待を裏切った時の冷たい視線と非難。それが、凪人の心に深い傷を残した。だから、信じられることが苦痛だったのだ。


「俺なんか、信じても…また裏切るだけだ」


自分に対する失望が、彼の胸を締めつける。だが、同時に美月の無邪気な笑顔が、どこかでその傷を癒そうとしているのも事実だった。


「なんで、あんなにまっすぐに信じることができるんだ…」


美月の明るさや真っ直ぐな気持ちは、凪人にとって眩しすぎるものだった。彼女のように、何の迷いもなく誰かを信じることができる自分になれたら――そんなことを一瞬考えたが、すぐにその考えを振り払った。


「俺には無理だ」


その日の放課後、美月がまた凪人に話しかけてきた。彼女は、クラスの中で誰よりも自然に凪人に接することができる数少ない存在だった。


「櫻井くん、帰るところ?」


凪人は少し驚いたが、すぐにいつもの無表情に戻り、軽く頷いた。


美月は少し考えてから、ふと嬉しそうに笑った。


「じゃあ、一緒に帰ってもいいかな?」


凪人は一瞬戸惑ったが、美月のまっすぐな目に負けた。結局、彼は反対する気力もなく、無言で頷いた。


二人は、静かな夕方の街を並んで歩いた。いつも一人で歩いていた帰り道が、今日は少しだけ違っていた。美月は途中で話しかけてきたが、凪人は短い返事をするだけで、特に会話が盛り上がることはなかった。


しかし、彼にとって美月の隣にいる時間は、どこか心地よかった。


「…ねえ、櫻井くんは、今まで何かスポーツやってたの?」


ふと、美月が質問を投げかけてきた。彼女の声は、特に詮索する感じでもなく、ただ純粋な好奇心からのものだった。


「…中学の時に、いろいろやってたよ」


凪人はぼそっと答えた。思い出したくない過去だったが、嘘をつく理由もない。


「へえ、すごいね!何か大会とか、出てたの?」


「…ああ。まあ、そこそこはな」


本当は「そこそこ」どころではなく、多くの大会で優勝していたが、彼はそれを隠すように言った。だが、美月は凪人の答えに驚きながらも、自然と彼の実力を感じ取っていた。


「やっぱり、櫻井くんはすごいんだね」


美月の言葉に、凪人は少しだけ眉をひそめた。


「すごくないよ。…最後は、失敗したからな」


その言葉には、明らかな後悔がにじみ出ていた。美月は少し驚いた表情を見せたが、それでも優しく微笑んで言った。


「失敗することって、誰にでもあるよ。それで何かが終わるわけじゃないし、それまでのことが無駄になるわけじゃない」


凪人は、その言葉に一瞬だけ黙り込んだ。彼女の言葉は軽いものではなかった。美月は彼の気持ちを理解しようと、真剣に語っている。


「…でも、周りはそう思ってない」


凪人は苦々しい声で答えた。彼が失敗した時のことを思い出すたび、周囲の冷たい視線と失望の声が蘇る。


「みんな、俺が失敗した途端に手のひらを返してきた。俺がいると勝てるから、俺が強いからって、そういう目でしか見られなかったんだ」


凪人の声には、長い間抑えていた感情が混ざっていた。信じられていたからこそ、裏切った時の反応は彼を傷つけた。それ以来、誰かに期待されることが怖くなったのだ。


美月はじっと凪人の話を聞いていたが、彼が話し終わった後、少しの間考え込んでいた。そして、ふと優しく微笑んだ。


「それでも、私は櫻井くんを信じてるよ」


その言葉に、凪人は目を見開いた。


「…なんで?」


「だって、失敗したことがあるからこそ、櫻井くんは強いと思うから。周りがどう思っても、私はそう思ってる。だから、私は櫻井くんが自分を信じてほしい」


美月の言葉は、まっすぐで、そして強いものだった。凪人はそれを聞いて、どう返事をすればいいのかわからなかった。彼女の言葉には、偽りがなかった。だからこそ、彼はどう答えるべきかわからないままだった。


「…俺が、自分を信じる?」


凪人はその言葉を、静かに口の中で繰り返した。


二人は、しばらく無言のまま歩き続けた。凪人は美月の言葉に深く考え込んでいた。彼の中で何かが少しずつ変わり始めているのを感じていたが、それをどう受け止めていいのかまだわからなかった。


「…ありがとう」


凪人がふと漏らしたその言葉に、美月は驚いて彼を見た。凪人は目をそらしていたが、彼の表情にはどこか感謝の色があった。


「うん!」


美月は嬉しそうに笑い、凪人の隣で歩き続けた。彼女の笑顔が、凪人にとってはどこか救いになっていることに、凪人自身も少しずつ気づき始めていた。

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