第106話:この教室で過ごす最後の時間
三年生を送り出した翌週。
二年生の教室にも、いよいよ“お別れ”の空気が漂い始めていた。
黒板の隅には、先生の走り書きで「3月〇日:終業式→通知表配布」の文字。
その隣に、生徒たちの手で書かれた貼り紙がある。
『2年◯組 最後の思い出会』
「お菓子持ち寄りで!ゲーム大会もやろう!プレゼント交換もしよう!」
そんな軽いノリで決まったこのイベントは、クラス全員の賛成で行われることになった。
「なんか、小学生みたいだね~」
美月がクスッと笑うと、優奈が「でもさ、最後くらい明るく締めくくりたいじゃん」と笑って返す。
(……そうだね)
楽しいことをするはずなのに、どこか寂しいのは、きっとこの時間が“もう終わってしまう”と分かっているからだ。
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イベント当日。
教室にはいつもと違う賑やかさがあった。
机を円形に並べて、真ん中には大量のお菓子。
トランプやUNO、ビンゴカードまで用意されていて、みんなが子どもみたいに笑っていた。
「凪人くん、ほら、これやろ!」
そう言って美月が持ってきたのは、定番のジェンガ。
「別に俺、こういうの得意じゃないけど…」
そう言いながらも、凪人は静かに積み上がったブロックに指をかける。
「……って、めっちゃ上手いじゃん!」
「力の加減だけだからな」
淡々とプレイする凪人に、周囲の男子たちも興味津々で集まってくる。
「やばい、櫻井うめぇ!」「負けた…」「これマジの才能だろ…」
美月はそんな光景を見ながら、心の中でふっと微笑む。
(いつの間にか、みんなと自然に笑い合ってる)
初めてこの教室で出会った頃、凪人は“ひとり”だった。
無口で、近寄りがたくて、でも――今は違う。
周りに囲まれて、名前を呼ばれて、笑われて。
その中心に、ちゃんと彼がいる。
(きっとこのクラスで、私だけじゃなくて、凪人くんも居場所を見つけられたんだ)
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ビンゴ大会も終わり、景品のお菓子を手にみんなが騒いでいる中、ふと、凪人が美月に声をかけた。
「お前さ……このクラス、好きだったか?」
「うん。すごく」
即答したその声に、凪人も少し目を細める。
「俺も、たぶん……このクラスじゃなかったら、今の俺はいなかった」
「私もだよ。きっと、どこかで道が違ってたかもしれないよね」
「でも、こうして同じ時間を過ごした」
「うん。奇跡みたいだよね」
そのとき、美月はカバンの中から、封筒を取り出した。
中には、小さなメッセージカードが入っている。
「なにそれ?」
「クラスのみんなに配る予定だったんだけど……凪人くんには、ちょっとだけ特別なやつを渡したいなって」
「……特別?」
「うん。ありがとう、って伝えたいから」
凪人は封筒を受け取り、その場では開かなかった。
でもその手の中で、大切そうに握られていた。
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日が落ち、イベントが終わり、少しずつ教室が静かになっていく。
「じゃあ、そろそろ解散にしよっか!」
「写真撮ろー!最後に!」
集合写真を撮り終え、バラバラと帰っていくクラスメイトたちの中、凪人と美月は少し遅れて教室を出た。
「……終わっちゃったね」
「でも、終わったからこそ、次がある」
「うん、そうだね」
春はもうすぐそこだった。