第104話:教室の終わりが近づいて
三学期も、いつの間にか中盤に差し掛かっていた。
教室の黒板脇には「卒業式まであと○日」という紙が貼られ、日を追うごとにその数字は減っていく。
それは三年生のためのカウントダウンだけど、在校生にとっても、「今の教室」との別れが近いことを告げていた。
放課後、美月は机に頬杖をついたまま、ふと教室をぐるりと見渡した。
(この景色も、あと少しで変わっちゃうんだな)
ずっと同じだと思っていた席、いつも話していた友達の声。
凪人と出会って、仲良くなって、付き合って。
いろんな出来事が、この教室で起こった。
「ねぇ、美月。クラス替え、どう思う?」
斜め前の席の優奈が、椅子をくるっと回しながら声をかけてくる。
「うーん……正直、ちょっと怖いかも」
「だよね。私も!今のクラス、すごく居心地よかったし、また一からって思うとちょっとなぁ~」
「でも、変わることも大事だって、分かってはいるんだけどね」
美月はそう言いながら、小さく笑った。
「もし、凪人くんと別のクラスになったら、どうするの?」
優奈の問いかけに、美月は少し言葉に詰まりかけたけど、すぐに静かに答えた。
「…寂しいとは思う。でも、たぶん平気。だって、もう私たちの間に、ちゃんと“つながり”があるから」
「……かっこいいなぁ、美月」
「やめてよ、照れるじゃん」
そんなやり取りをしながらも、心のどこかで少しだけ寂しさが芽を出していた。
⸻
その日の帰り道、美月は凪人と並んで歩いていた。
「凪人くん、クラス替えって……不安だったりする?」
凪人は、少しだけ空を見上げるようにして答えた。
「俺は……昔なら、どうでもよかったと思う。誰と一緒でも関係ないって」
「うん」
「でも今は、やっぱり考えるよ。お前や、今のクラスの連中と離れるのが、少しだけ惜しいって」
その“少しだけ”に、たくさんの意味が詰まっていることを、美月は分かっていた。
「ねぇ凪人くん、もし別のクラスになってもさ……お昼とか、一緒に食べたりしようね」
「……ああ。もちろんだ」
ほんのりとした約束。
それだけで、美月の胸はふわっと軽くなった。
⸻
家に帰ったあと、美月は久しぶりに日記を開いた。
《今日、凪人くんが“別れるのは惜しい”って言ってくれた。
たぶん、誰かにそう思えるようになった自分にも、少しびっくりしてるんじゃないかな。
でも、それだけ誰かを大切に思えるって、すごく素敵なことだと思う。》
書き終えたあと、そっと日記を閉じる。
進級も、クラス替えも、変化も。
全部まだ少し怖いけれど――
(きっと私は、大丈夫)
そう思えたのは、凪人と過ごしたこの一年があったからだった。