第103話:春を見つめて、進む先を考える
三学期が始まって一週間。
教室には、進級・受験・将来――そんな言葉が、日々の会話に混じり始めていた。
美月もまた、最近ふとした時に「自分のこれから」について考えるようになっていた。
(高校2年生も、もうすぐ終わるんだな…)
黒板の前に掲示された「進路希望調査票」。
まだ白紙のその用紙に、何を書くべきか――答えは決まっているようで、決まっていなかった。
「美月、進路もう書いた?」
昼休みに隣の席で弁当を広げながら、優奈が尋ねてくる。
「ううん。まだ迷ってて…大学には行くつもりだけど、どんな道に進みたいかって考えると、なかなか…」
「そっか。でも、美月なら何やっても上手くいくでしょ!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、実際は全然わかんないよ」
美月は笑ってごまかしながらも、内心はずっと引っかかっていた。
このまま流されるように、卒業して、進学して――それで本当に後悔しないのかなって。
(…凪人くんは、もう決めてるのかな)
ふと、彼の横顔が頭に浮かんだ。
⸻
放課後。
下校途中のいつもの道、美月は隣を歩く凪人に、ぽつりと話しかけた。
「ねぇ、凪人くんは、進路どうするの?」
凪人は少しだけ足を止めて、考えるように空を見上げる。
「まだ、はっきりとは決めてない。でも…じいさんの道を継ぐかどうか、迷ってる」
「おじいちゃんの道…ってことは、武道?」
「昔から鍛えられてきたし、俺がやれば喜ぶのはわかってる。でも、それが俺の“やりたいこと”かって言われると…分からない」
凪人の言葉は、いつになく曖昧で、迷いがにじんでいた。
それでも、その正直さに、美月は少しだけ安心していた。
「そっか。凪人くんでも、迷うんだね」
「俺はいつも迷ってるよ」
凪人がふっと笑って言うと、美月も小さく笑った。
「私も、正直まだ分かってないの。やりたいことってなんだろうって、最近よく考える」
「……」
「でも、少なくともね、“こうありたい”っていう気持ちはあるよ」
「どうありたいんだ?」
「誰かのそばで、支えになれるような人。大きなことじゃなくても、誰かの力になれるような…そんな大人になりたいなって」
凪人は静かに彼女の言葉を受け止め、少し間を置いて答えた。
「…お前は、もう誰かの力になってると思うけどな」
「え?」
「少なくとも、俺にとってはそうだ」
その言葉は、空気を震わせるほど強くも、大きくもなかったけれど――
美月の胸に、真っ直ぐに届いた。
ほんのりと頬が赤くなり、それを隠すように美月は前を向いた。
「じゃあ…私も、凪人くんに負けないように、ちゃんと考えてみるね。進路も、これからのことも」
「俺も、もう少しちゃんと向き合ってみるよ」
沈む夕日が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
その影が、これから進む未来の道をそっと照らすように――