第101話:屋上で交わす静かな約束
放課後の屋上は、夕日を受けて赤く染まっていた。
風はまだ冷たいけれど、どこか冬の終わりが近づいているような空気。
制服の上からコートを羽織った美月は、凪人のすぐ後ろを歩きながら、鼓動の高鳴りを押さえようとしていた。
ふたりきりの屋上。
凪人が“話したいことがある”と言ったときから、ずっと気になっていた。
何かあったのかな。
それとも――。
扉を閉める音が静かに響き、凪人はいつものようにフェンス際へ歩いていく。
美月はその少し後ろに立ち、彼の隣に並ぶ。
しばらく、無言のまま。
でも、不思議と居心地が悪くはなかった。
「…あのさ」
不意に凪人が口を開いた。
美月は、はっとして彼の横顔を見る。
「冬休み、お前といろいろ過ごして、改めて思った」
「え?」
凪人は視線を前に向けたまま、言葉を選ぶように間を置いてから、続ける。
「俺は、昔から一人でいるのが普通だった。誰かと関わると面倒だし、期待されるのも嫌だった」
その言葉に、美月は少しだけ表情を曇らせる。
けれど――
「でも、お前といる時間だけは……面倒じゃなかった」
彼の声が、冬の空気に溶けるように響いた。
「むしろ、楽だった。……それに、もっと一緒にいたいって思った」
凪人の言葉は、少しだけ震えていた。
それが本心である証のように、美月には響いた。
「……うん」
美月は、小さく笑って頷いた。
「私もね、冬休みの間、毎日がすごく楽しかった。凪人くんといる時間が、一番落ち着いた」
目が合う。
ふたりとも、照れくさそうに視線を逸らしながら、でもどこか安心したように笑った。
「これから、春になって……いろんなことが変わっていくと思う」
「進級とか、クラス替えとか?」
「うん。でも、もし離れたとしても――私は、凪人くんと、これからも一緒にいたいって思ってる」
そのまっすぐな言葉に、凪人は少し驚いたような顔をしながらも、すぐに静かに頷いた。
「俺も、同じだ」
その言葉は、約束のように心に刻まれた。
風が少しだけ強くなり、美月のマフラーが揺れる。
凪人がそれをそっと押さえた手に、ほんのわずかに指が触れた。
美月は、そっとその手に重ねる。
それだけで、言葉にしなくても、すべて伝わった気がした。
この時間がずっと続けばいい。
けれど、続かなくてもきっと大丈夫。
そう思えるのは――隣に、彼がいるから。
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ふたりは、まだ少しだけ冷たい空の下で、言葉少なに寄り添いながら、これからの季節を静かに見つめていた。