第1話:屋上での出会い
新学期が始まり、1年生の時から良く訪れていた晴れていた学校の屋上には静かな風が吹き抜けていた。
今年2年生へと進学した櫻井凪人は、誰もいない屋上の隅でひとり、体を伸ばしていた。彼にとってここは、クラスメイトたちから離れ、ゆっくりと心を休める場所。背中に感じる冷たいコンクリートの感触は、どこか落ち着きを与えてくれる。
凪人は無口で、クラスでもあまり目立たない存在だ。話しかけられても、まともに返すことはほとんどなく、そのせいで周囲から「怖い」と思われていた。中には彼を「ヤンキー」と勘違いする者もいるが、彼にとってはどうでもいいことだった。周りがどう思おうと、自分は自分――それが凪人のスタンスだった。
しばらく目を閉じ、静かな時間を楽しんでいたが、ふと遠くから声が聞こえてきた。
「水城さん、ずっと君のことが好きだったんだ」
告白の声だ。
凪人は目を開けることもなく、ただ耳だけでその場の状況を把握する。どうやら、同じ学校の生徒が告白をしているようだった。この屋上は「告白の名所」として知られている。よくある光景で、別段珍しいものではない。だから、凪人は興味を持つこともなく、再び目を閉じた。
「ごめんなさい」
少し張り詰めた、しかし静かな声が返ってきた。
「えっ…」
男子生徒の動揺する声が続く。
断られたのだろう。声の主は水城美月――クラスのアイドル的存在。誰にでも笑顔を振りまき、いつも明るく優しい彼女が、そんなにもあっさりと告白を断るとは思ってもいなかったのか、男子生徒はしばらく沈黙したままだった。
凪人はそのやり取りに対して特に感想を持つこともなく、ただ静かに風の音に耳を傾け続ける。
「どうして?」
男子生徒は問い詰めるように尋ねるが、返ってくるのはまたもや落ち着いた声だった。
「ごめん。でも、あなたとは付き合えないの」
まっすぐで、決して動揺することのない声だった。凪人は目を開けることなく、ただその場の雰囲気を感じ取っていた。
しばらくの沈黙の後、男子生徒は足音を残してその場を去っていった。再び静寂が戻る。
「ふぅ…」
小さな溜息が風に混じって聞こえた。
凪人はその瞬間、初めて薄く目を開けた。目の前に立っていたのは、校内の誰もが知る美月だった。彼女はふと、こちらを見つめる。
「……あ、ごめんなさい。起こしちゃった?」
彼女が軽く声をかけたが、凪人は何も言わず、視線を彼女から外した。別に彼女を責めるつもりはなかった。ただ、どう言葉を返していいかわからなかったのだ。
美月は少し戸惑いながらも、優しい笑顔を浮かべた。
「ここ、よく来るの?」
凪人は一瞬だけ考え、短く答えた。
「ああ、たまに…」
それだけを告げて、また黙り込む。美月は少しだけ彼に興味を持ったようで、その場を去る前にもう一度だけ、優しく言葉をかけた。
「じゃあ、またね」
その言葉を残し、彼女は屋上を後にした。風が再び静かに吹き抜け、凪人は独りきりの時間に戻る。