隣に座った女の子
導入2
大学ではほとんどの授業で一回目の授業はオリエンテーションだ。
2年生の前期に落としたこの講義も思えば受けたのは去年の話になる。オレは自分が座っているイスから左に見える木々を見てしみじみといた感情をいだいていた。窓をあけてこんな教室をいますぐに抜け出したい。そう考えていたオレを風に吹かれてゆれる木々は優しく包み込んでおだやかな気持ちにさせてくれる。
この三人席もなつかしいものだ。一年生のときははやり病対策のために真ん中の席を空けてたっけ。この教室は三人席が左、中央、右と並んでいて100人くらい入る教室だ。
「隣いいですか?」
声がきこえる方向を向くと大学生ってかんじの女の子が後ろを指さしていた。
「後ろの席使えなくて、、、」
昔はみずみずしい黒髪のことを緑髪と言ったらしい。この髪を美しい木々に例えるのはなるほど昔の人は相当センスがいいのかもしれない。明るい光がかすかにさして、輝いて見える髪をみてふとそんなことをおもった。
「いいですよ。席どうぞ」
それにしても後ろの席使えないってどういうことだろうか。どんな状況なのか気になって後ろを見ると近づきがたいオーラをまとった男が真ん中に座って陣取っていた。どうやらなにかのゲームをしているようで画面をにらみつけるその形相におもわず前を向きなおす。
「大変だねー」
さすがに後ろのあいつに話しかけられないのは痛いほど理解できる。たぶん一回気がふれないとあの顔はできないだろう。こわいもんあれ
「はい。まだ授業開始前なのにほかの席は全部埋まっちゃってますし。なんでもこの講義めちゃくちゃ再テスト多いらしくて。みんな緊張して早く来たんですかね。」
どうやら去年の再試対象者の数が後輩たちの代にも出回っているらしい。
よくわかってるじゃないかそうなんだよ。そう言いたくなる口をこらえる。そうだよね落単したのも難しいテストだったし仕方ないよね。友人含めてほとんどの人が再試で受かって喜んでたけどオレだって再試受けてたら受かってたんだからね。
「へーそうなんだ。でも再試まで行けば楽勝らしいよ。なんたって再試におちても再々試があるらしいしなんならそのあともさらに再々再試があるらしいしね」
そういうと少し緊張がほぐれたようで笑顔が見えた。安心したような笑顔にこちらもまた穏やかな気持ちにさせられていた。
もし気分がよくなってこんなことを口走ってしまわなければ。もしくは友人たちに再試の話をくわしく聞いていなければこんな事にはならなかったのかもしれない。オレはこの発言を一生後悔することになる。
女の子は花の咲くような笑顔でこう言うのだ。
「そうなんだ。でもたしか先生のメールで10人くらい再履修の人がいるって聞いたよ。その人たちってなんか、、大変そうだよね!再試じゃないと通らないくらい大変な講義らしいし私たちはがんばろうね!!」
吐き気がこみあげてくるのをかんじる。
、、、
どうにか顔が引きつりそうになりそうなのを抑えて何事もなかったかのように前を向く。なんてことない言葉なのだがどうにもオレの心の奥がズキズキ傷んでやまない。地雷を踏まれた人ってこんなことになるのか。それはみんなヒステリックになってしまうはずだと変な納得感があった。
いけないなにか返さないと怪しまれてしまう。そうしてすぐに話そうとしたがうまく言葉が出ずにうずきは喉元までやってきた。言葉が出ない。おわる、オレの半年間がとなりのこの女に馬鹿にされておわる。そんなことさせてたまるか。
まさか女の子もこんな被害妄想ましましの意味わからない言いがかりをつけられているとは思いもしないだろうにオレは冷静ではなかった。20歳になるまでに培ったそびえ立つプライドにひびが入り崩れた部分がストレスを生み逆に頭が冷えていく。
おもいきり背伸びおして体の緊張をむりやりに解き、なんとか言葉を絞り出す。
「そうだね再履修にならないようにしないとね!」
オレは2周目でこいつらは1周目。どうやらオレは自分が異物だっていうことを忘れてしまっていたらしい。幸いこいつはオレのことを同級生だと思い込んでいるらしいし最後まで隠し通そう。バカな女め、この講義が終わるまで絶対にだまし通してやる。
思えば再試で通った分際で偉そうに講釈垂れてきたあのカスどもにもムカついてたんだ。
オレは決めたのだ。なにがあっても絶対にオレが再履修だってことはばれてはいけない。そして必ず最高得点で合格して再試で合格したあまちゃんどもにマウントをとってやる。くしくもこの男夜羽 秀は20年余りの人生で初めての本気で決意した。