黎明記~砂漠の章~②
女しかいないハレムだが、時々砂漠を越えて旅の商人が来ることがあった。
女性は貴金属を身に纏い、自らの美を磨く。
美しく、賢く、そして王に従順な妃が好まれるのだとか。
私は父である王に会ったことがない。
他の娘たちもそうだろう。
生まれた時は、その腕に抱かれたかもしれないが、成長してから面会した記憶はない。
男性を見るのは、旅の商人が来たときくらいだ。
ハレムには女しかいない。
商人も男だ。
間違いが起きてはいけないからか、旅の商人がハレムに訪れるときは、王宮から数人の兵士が護衛という名目で派遣された。
兵士と言っても、王が直接選んだ腕に自信のある者ばかり。
そうして女たちは安心して買い物ができるのだ。
その日、私は侍女に入浴を手伝ってもらっていた。
ハレムの浴室は広く、広く浅い浴槽の他に、石を積み上げて部屋にし、蒸した砂に水をかけて蒸気を発生させた蒸気浴がある。
乾燥した砂漠では水が貴重だが、ハレムの側には大きな川が流れていて、水に困ることはなかった。
長く伸ばした髪の毛は、パサつきを抑えるために油を塗り、丁寧に櫛で梳かしてもらう。
身体もしっかり磨き上げたあとに、髪と同じように精油を塗り、潤いを保てるように工夫した。
入浴にも順番があり、身分が高い妃から湯を使うことが許された。
身分の低い妃や侍女は数人から十数人でまとまって入浴するそうだ。
私は頂点に君臨する母の娘なので、母の次に入浴が許されていた。
他の妃よりも先に入浴するのは少し気が引けたが、指摘するものはいなかった。
私の身の回りの世話をしている侍女は、もとは奴隷として市で売りに出されていたらしい。
ハレムの女たちの世話をするために買われたようだが、なぜか母に気に入られ、母の世話をしていた。
私が生まれてからは、乳母と共に私の身の回りの世話をしている。
…乳母と聞いてわかるとおり、母は私に乳を与えることはなかった。
世継ぎになる予定の弟のところには頻繁に通っていたので、時間ごとに乳を与えていたのだろう。
『旅の商人が来るようです』
私にだけ聞こえる声で侍女が言った。
『奥方様がたが話しておられました』
『そう』
素肌に薄布をかけてもらいながら、私は侍女を見た。
『今回は何かしらね』
『宝石だそうです』
身支度を整えて、大広間に向かえば、もうそこに、たくさんの女たちが集まっていた。
母を筆頭に男児を産んだ妃たちが、それぞれの侍女とともに、床に敷かれた敷き布の上に置かれた宝石を見ていた。