黎明記~宇宙の章~②
もとの場所に対象を戻さなければいけなかったのに。
私は白い獣が欲しかった。
ただ側に置きたかったのかもしれない。
欲求のまま手を伸ばした。
小さなニンゲンは、私に向かって飛びかかってきた。
手になにか光るものを持って。
とっさに避けたけれど、光るものがかすった皮膚がチリチリと痛み、引き裂かれた場所から血液が滴り落ちた。
傷口を指でなぞれば傷は一瞬で塞がり、血液も止まる。
ニンゲンは私を害しようとしたのか。
ちらり、とそちらを見ると目が合ったニンゲンがガタガタと震え、手に持っていた光るものを落とした。
獣が大きな身体でニンゲンを隠した。
そして白い獣は、大きく口をあけて牙を剥き、私に向かって音を出した。
流れた血液が床を汚し、鈍く青く光る。
それはしばらくすると蒸発して消えた。
凍りついたような空気が充満している。
獣が宙を舞い、一瞬後に私の身体は床に叩きつけられていた。
鈍い衝撃が身体を支配し、牙と同じかそれ以上に鋭い爪が肩口に食い込む。
そこからまた、血液が滲んだ。
ただ、この美しい獣が欲しいだけなのに。
それは叶わず食い殺されるかも知れない。
私は押さえつけられたまま、獣の額に指を伸ばした。
ごわごわした毛に被われた、隠された額の中央にあった赤い石を見つけ出し、それに軽く指を押し当てた。
それだけで赤い石は砕け散る。
赤い石が砕けてしまえば、獣は大人しくなった。
本来は触れてはいけない、生き物の核。
私は指示されていない、獣の核を壊した。
静かになった白い獣と、動かずにただこちらを見ているニンゲン。
私はニンゲンを元の場所に戻そうとした。
欲しいのは、白くて美しい獣だけだからだ。
下船させようとしたが、獣がそれを許さなかった。
ニンゲンも一緒でなければ駄目だと激しく抵抗した。
核を壊したのに、まだ抵抗する獣に胸が震えた。
そうして私は初めて規則違反をした。
使う予定ではなかった薬物をニンゲンに使い。
指示されていない獣の核に干渉して壊し。
それらを戻さず自分の船に隠した。
見つからないと思ったのだ。
見つかったとしても、この白くて美しい獣だけは手離したくなかった。
自分だけのものにしたかった。
たった一度犯した規則違反。
それがもとで、長い長い旅をすることになるとは、思ってもみなかった。
長い長い旅の原因となった、私の始まりの物語。
それをここに記すことにする…。
私に一番始めに生じた感情、それは独占欲という…。