黎明記~戦国の章~⑧
兄の影武者として、軍議や検地をこなしたが、それはほぼ母である寿桂尼が実権を握っていた。
月日は流れ、兄と私は19になった。
区切りだから、とその年を境に兄に実権が戻り、爺や側近、為和殿の意見を聞き入れながら、実際には私が政を動かいた。
『北条様への貢ぎ物は如何いたしましょう』
『甲斐の国に不穏な動きが出ております。ここらで撃って出ては?』
『朝廷への献上はこれにいたしましょう』
日々、目まぐるしく変化する情勢に目を回しそうになりながらも、ひとつひとつ捌いていく。
父上から預かった駿河の国も民もを喪う訳にはいかないからな。
そんなある日、兄に縁談がやってきた。
母の遠縁にあたる、公家の姫君らしい。
国同士の結び付きを強くするための、所謂政略結婚というやつである。
兄にも、相手の姫君にも拒否権はない。
知らぬうちに縁談は纏まり、姫君が輿入れをしてきた。
兄は身体が弱く、子作りもできないとの医師の見立てにより、私も姫君と顔合わせすることになった。
『私の弟の、彦五郎だ。姫には申し訳ないのだけれど、私とは形だけの夫婦で、実際には彦五郎と閨を共にしてもらうことになる』
『かしこまりました』
鈴を転がしたような可愛い声で、無表情に返事をされる。
第一印象は、人形のような女だと思った。
その印象は間違ってはおらず、閨を共にしてもなんの感情も出さない。
兄に対しても同じなのだろうか。
輿入れの時に共に来た侍女とは話をしているようだが、母とも話をすることはほとんどないらしい。
兄の妻であり、私の妻であるのは、常人からすれば、狂気の沙汰だとしか思えないだろう。
縁談の時点で聞き及んでいたのか、もとから感情の起伏があまりないのか、それとも…。
答えの出ない問いを、本人に尋ねられないまま、夜を共にし。
なにもないまま、数年が過ぎた。
まあ、なにもないのだから、子などできなくて当たり前ではあるのだが…。
爺や側近からの圧が強くなってきた。
『据え膳食わぬは男の恥でございましょうが、若!』
私たちの間になにもないことは、爺も側近も知っているはずなのに。
『あまりにも、姫に失礼ではございませんか?』
『いや、それは…』
『言い訳など聞きとうございません!』
問答無用で酒を盛られ、夕膳には滋養強壮に効果がある食品が並べられる。
『男気を、爺に見せてくださいませ!』
私は、側近に視線で助けを求めたが、静かに首が横に振られた。
『観念なさいませ。毎夜毎夜、小姓を求めるくらいなら、奥方にお願いしなさい』
…確かにその通りではある。
2人からの口撃に、私は姫君の寝所に向かった。




