黎明記~戦国の章~⑦
姉のような、母のような雰囲気は、私が求め続けて、得られなかったものだろう。
ただ、慈しんで欲しかった。
幼子が母に抱かれるように、ただ抱き締めて欲しかった。
『芸でも色でも、情でも、望んで頂けますなら、仰せのままに。母にも姉にも、嫁にもなりましょう』
夕凪は紅をひいた唇で笑む。
『あなた様は何をお望みですか?』
私は何も言わず、盃を下ろし、ただ指を伸ばした。
『お髪が崩れますよ』
『かまわん』
柔らかい膝の上に己の頭を預け、目を閉じる。
着物に焚かれた香の匂いと、白粉の匂いが鼻腔をくすぐった。
白い手が私の髪をそっと分けて、優しく撫でられる。
『どうぞ、ごゆるりと』
夕凪の声を聞きながら、束の間の微睡みに身を委ねた。
短時間であったが、睡眠が取れたせいか、頭はすっきりしていた。
『お目覚めでございますか?』
目をあけると頭上に綺麗な顔と、優しい笑みがあった。
『世話になったな。今日もなにもなくて、婆に怒られないか?』
そう問うと、ゆるく首が振られた。
『殿方の意思に反していたなら罰則ですが、ご所望されたことにお答えしただけですので。ご心配は不要ですよ』
柔らかな膝から頭を起こし、乱れていた髪の毛を手櫛で直し、時間まで話をして過ごした。
禿が時間を告げに来て、夕凪は襖を開ける。
玄関まで送ってくれながら、そっと口を開いた。
『次のお約束は頂けませんが、いつでもお待ちしております』
本来なら、次の来店を決めるものだが、身分ゆえ、約束はしてやれない。
初回にそう話したからか、彼女は健気にも自分からはねだらない。
『ありがとう』
そう答えることしか出来ない。
自分の身分が違っていたら、また違う出会いもできただろうに…。
見世を出ると、少し先の茶屋に側近の姿を見つけた。
手には団子の串を持っている。
こちらも堪能できたようだな。
『待たせたか?』
『いいえ。団子片手に、茶屋のお嬢さん方とお話してましたからね。待っちゃいませんよ』
ニコと笑いながら見上げる顔が、いつもより幼く見えた。
『ならよかった』
団子を土産にそぞろ歩く。
小姓たちへの土産には何がいいか。
留守番をしてくれている爺にはなにを買って帰ろうか。
そんな話をしつつ、時間は過ぎて行った。




