黎明記~戦国の章~①
戦国の章には、歴史上の人物の名前が出てきますが、ファンタジーだと思って読んでいただけるとありがたいです。
この乱世を生き抜くことが出来たなら…私はどのように国を治めただろう。
今となっては、夢幻の様ではあるが、長い昔語りを始めようか。
ああ、空が焦がされるようだ。
赤い炎がすべてを焼き尽くし、私の生きた証すらも消し炭にしてしまうつもりなのかも知れない。
ここは駿河の国。
物心ついた時には、私には兄がいた。
兄の名は五郎。
私は彦五郎と呼ばれていた、と記憶している。
兄は身体が弱かったようで、常に体調を崩していた。
私が弟だというのに、私より華奢な体躯をしていたようだ。
兄は母と過ごし、私は乳母や爺と過ごしていた。
父の名は今川氏親。
駿河の国の守護大名として、一国を治めていた。
身体の弱い兄とは違い、私は武術や馬術も叩き込まれて大きくなった。
武術を教えてくれたのは、剣術師範をしている爺だ。
爺は年寄りだが、筋肉質な体躯を持ち、父と戦に出ていた。
『若様は飲み込みが早ぅございますな』
戦の時以外は、優しい笑みを常に浮かべて褒めてくれた。
あれは私たちが幾つの時だったか。
兄の見舞いに訪れた際、女房たちが小さな声で話しているのが聞こえた。
『五郎様のお加減が悪いのは、やはり〈ふたご〉のせいなのでしょうか』
『滅多なことを口にするでない』
〈ふたご〉となんであろうか…。
伏せった兄の枕元で静かに座っていると、兄の骨ばった子供らしからぬ手が私の手首を掴んだ。
『彦は…私の代わりに駿河を治めてくれるかい?』
『兄さまがお側にいてくださるなら、彦は兄さまのお手伝いが、しとぅございます』
私の言葉に、兄は嬉しそうに微笑んだ。
自室へと帰ると、待ち構えていた乳母に湯浴みへと誘われた。
病はケガレであるから、私の体に病魔が寄らないように、湯浴みするのだそう。
『兄上さまのご様子はいかがでしたか?』
『お熱が出たそうじゃ』
『それは辛ぅございますな』
湯浴みを手伝われながら、私は乳母を見上げた。
『ばぁや、〈ふたご〉とはなんじゃ?』
乳母がヒュッと息を飲み、動きを止めた。
『若様、どこでその言葉を聞かれたのですか?』
『兄上のところの、女房たちが話しておったよ』
乳母は少し怖い顔をしている。
『そのような言葉は、口にしてはいけませんよ』
『わかった』
いつも穏やかな笑みを浮かべている乳母が、怖い顔をしているのだ。
その言葉は、良くないものだというのはすぐに気づいた。
あとで知ったのだが、兄と私は双子で生まれてきていた。
この時代の双子は、忌み嫌われるものであったというのだ。
先に生まれたものは修羅と呼ばれ、後から生まれる兄や姉を食ってしまう…と言われていたようだ。
本来なら、出生後すぐに処分されてもおかしくなかった私の存在だが、父が吉凶を占ってもらった、旅の坊主から『絶対に生かしておかないと、今川が絶える』と言われたのだとか。
お家断絶とまで言われた父は私を生かしておくことを決めたようだ。
跡継ぎである兄が病弱だったから、私の命は永らえているのだろう。
兄が元気であったなら、私は座敷牢にでも隔離されていたのだから。
兄と私を産んだ母親とは、あまり面会する機会はないが、それでもいいと思っている。
病弱な兄の側にいてくれたら、兄も安心するだろう…などという、軽い気持ちで考えていた。




