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黎明記  作者: 蒼樹じゅん
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黎明記~砂漠の章~⑧


閣下は私の体調を気遣ってくださりながら、夕餉を食べはじめた。

この国では、なにをするにも男性を優先するしきたりがある。

(ハレムの場合は身分の高い女が最優先であるが、これは一般的には知られていない)


『姫様のお口にあう料理があればいいのですが』

『ご心配には及びません』

好き嫌いがなくて良かった。

食事に関しては、乳母に厳しく教え込まれた。

砂漠地帯で、食料や水がどれほど貴重なものか、王や神々に感謝して頂きなさいと。


料理長が用意してくれたのは、病み上がりの私にも食べやすいように工夫された、新鮮な果物や薬膳スープがメインの料理だった。

ハレムの料理より豪華かもしれない。


敷物の上に並べられた幾つもの盆の上に、色とりどりの果物たち。

銀の皿に盛られたスープ。

私の体のまわりには、体を支えられるクッションがたくさん置かれていた。


『ようやく、お元気そうな顔を見ることができました。臥せっている時に、女性の寝室に足を運ぶなどという、不躾な真似をしてしまい、失礼しました』

閣下は私に頭を下げた。

『ばばには叱られました』

『当然でございます』

ばばは少し怒ったふりをしたあと、明るく笑う。

『それだけ、姫様のことが心配だったのですよ、閣下の失礼をお許しください』

謝るのは私のほうだろう。


『閣下のお心遣いのおかげで、快復いたしました。新しいお召し物までありがとうございます』

閣下は目を細めて微笑まれた。

『よくお似合いですよ』



夕餉をとりながら、少しずつ話をした。

私がハレムを脱走しようとしたことは、かなりの話題になっていたようだ。

皇妃の娘である私が大罪を犯したからだろう…と思ったが、そうではなかったらしい。


どうやら、私を迎えに来る予定だった少年は偽物で、盗賊団の一味だったようだ。

本物の少年は、別の砂漠のオアシスで見つかったらしい。

(閣下は彼の生死の詳細は教えてくださらなかった)


盗賊団の一味が、旅の一座に潜り込んでいたことも、そんな人物がハレムに入ろうとしたことも問題になった。

私は言葉巧みに騙されて、ハレムからの脱走を装い、盗賊団に売られるところだったのだとか。

売られる先は、奴隷商人か遊廓だったのだろう。


兵士に見つかったことで、誘拐されることは免れたが、罪人として扱われ拷問まで受けたのは、あまりにも酷くないか…と母ではない、高位の妃が声をあげたらしい。



父王も色々考えてくださったようだ。

鞭打ちの拷問の傷が酷くて、ハレムでは治療できないために薬師の元に送られた…というのが、今回の筋書きのようだ。

そのまま、私はハレムに戻ることはない。


『陛下から…伝言がございます』

閣下はそう前置きして、口を開かれた。


『新しい環境で、幸せに暮らせ…と、新しいお名前を預かって参りました』

それが意味するのは…皇女としての身分を捨てるということだ。


『もちろん、罪人などではなく、私の妻として…宰相夫人として生きていくように…と仰せでした』


…なんと優しい罰だろう。

歳の差は親子ほどではあるが、自分の右腕である、信頼できる宰相閣下に私の身を託すだなんて。


『皇女として、ハレムに戻ることは許されません。以前のお名前を名乗ることも叶いません。素顔で外の世界に出ることも叶いません。それでも、貴女を全身全霊をかけて、生涯愛しお守りすることを誓います。…姫様、私と一緒に歩んではくださいませんか?』


閣下の真摯な言葉に、私は頷いた。

断る理由などないだろう。

罪人として処刑されてもおかしくなかった私を、妻にと望んでくださったそのお心に添いたいと思う。

『よろしくお願いいたします』

陛下から賜った新しい名前は、太陽を意味する花の名前だった…。




宣言通り、閣下は私を妻に迎え、大切に愛し慈しんでくださった。

屋敷の使用人たちも、私を奥方として受け入れてくれた。

鞭打ちの傷がもとになったのか、体調を崩しやすくなり、自分達の血の繋がった子供を持つことは叶わなくて、閣下に他の妻を迎えることをお勧めした。


跡継ぎを産むことが出来ない嫁など捨てられても文句を言えない…。


けれども、妾を持つ事は頑として聞き入れられず、妹君のご子息を養子として迎え、宰相家を繋いだ。

私とあまり歳が変わらない息子となったが、私を母と慕ってくれた。


ばばが後継者を育てたいと提案し、侍女たちは元孤児だったと聞いたので、地域の孤児たちを保護する孤児院を建設した。

身寄りのない女性や子供たちを保護し、私はたくさんの子供たちの母親になることができた。

ばばが孤児の中から、優秀な薬師の後継者を育て、この世を去り。


侍女たちもそれぞれ結婚して、家庭を持った。

閣下も息子に宰相の座を譲り、ゆったりと隠居生活を送り、(陛下は私の弟に皇帝を譲位したのち、各国を旅し始めたらしい。その数年後に病に倒れ崩御された。)私の膝の上で生命の灯を消された。


閣下がこの世を去られてはや数十年…。

私もずいぶん歳を取った。

息子も無事結婚して、可愛い妻と子供たちと仲良く暮らしている。

彼ももう、孫がいるおじいちゃんだ。


『母上、今日もいい天気ですよ』

『本当ね』

寝台の上で身体を起こした私は、息子の言葉に耳を傾けた。

『上の孫が近々結婚します』

『おめでたいわね、みんな大きくなって』

ひ孫の顔を思い出すと口元が緩んだ。

『最近すごくねむくなるの』

『お疲れなのでしょう』


叔父である閣下によく似た顔に、胸が騒いだ。

歳を重ねる度に似てくる。

『少し休まれますか?』

『そうするわね』


窓から優しい風が入ってきて、私は体の力を抜いた。

そうして、重くて仕方ない瞼をそっと閉じた。


耳元で、閣下に名前を呼ばれた気がした…。


『ようやくこの腕に抱けますね、私の✕✕』


優しい閣下の温もりを、頬に感じた私は、息子に見守られながら、静かに今回の人生に幕を降ろしたようだ。



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