黎明記~砂漠の章~⑦
熱に浮かされながら、時々目覚めた。
目覚めると薬師の老女(ばばと読んでくれ、と言われた)と、侍女の姿は必ず近くにあった。
身の回りの世話や、背中の処置をしてもらっているのはわかるが、だるさと熱のせいで長時間目を開けているのが辛い。
『今はゆっくり休みなされ』
ばばの優しい声が耳を掠めて、小さく頷く。
大病をしたことのない体には、今回の拷問はかなり堪えたようだ。
肉体的にも、もちろん精神的にも。
閣下は宣言通り、頻繁に見舞いに通ってくださったし、侍女もいつも見える場所に控えてくれていた。
事件から約一月。
私はようやく起き上がれるようになっていた。
『姫様、今日は湯浴みをしてみましょうか』
ばばが背中の傷を見て、そう提案した。
『お体は拭いておりましたが、短時間なら湯浴みをしても支障はないでしょうし』
確かに、寝込んでいたし、傷がなかなか治らなかったから体を拭いて、香油を塗ってもらっただけだった。
『久しぶりに、さっぱりなさいませ』
傷の痛みもほとんどなくなっている。
時折、皮膚が引きつれてしまうけれど、それは仕方ないようだ。
『そうします』
ばばは嬉しそうに頷いた。
長時間の湯浴みはまだ許可できないということで、ばばの監視のもと、侍女たちにより、私の体は短時間でさっぱり、ぴかぴかに磨き上げられた。
乱れていた髪の毛もきれいに洗われ、しっかり櫛でとかされた。
髪にも香油が塗られる。
体にも今までと同じように、いい匂いの香油が塗られた。
ほっとする、優しい香りだ。
『素敵なお召し物が、閣下から届いていますよ』
ばばに言われ、侍女が持ってきた新しい着替えに袖を通した。
ひらひらした薄布がメインの衣装は、背中の部分が開きすぎていない形だ。
背中の傷は自分では確認できないが、完治に一月近くもかかったのだ。
酷いものだろう。
醜い傷を自分以外の人に晒してしまうのは、申し訳ない。
背中を隠すような衣装を選んでくださった閣下に感謝した。
『よくお似合いです』
『本当に』
侍女たちも褒めてくれる。
そんな彼女たちを前に、私はようやく感謝の言葉を口にすることができた。
『罪人と同じ身分の私の処置や世話をしてくれて、ありがとう』
ばばは首を横に振る。
『姫様、ご自分を罪人などという言葉で貶めるのはおやめなされ。閣下の言葉を聞きましたでしょう?』
そうは言われても、まだ信じることができない。
閣下が私を妻にする、だなんて。
『時間はたっぷりあります。閣下とお話なさいませ。姫様が納得できるまで、しっかりと』
ばばの言葉に私は頷いた。
その夜、執務を終えて帰宅された閣下と夕餉をともにする、という大役が私に与えられた。
ようやく寝台から起き上がれるようになった私に気を遣い、夕餉の席は私の部屋の向かいの客間に決定される。
殿方と一緒に食事をするのは、生まれて初めてのこと。
なんという試練だろう。
『姫様、心配なされませんよう。ばばも、侍女たちも傍におりますよ』
ばばは宰相閣下の邸に長くいる薬師だし、侍女たちも幼い頃から閣下やご身内の方々のお世話をされてきたらしい。
頭を下げて待っていると、扉が軽く叩かれ、閣下が入室された。
『ただいま戻りました』
閣下の声が耳をくすぐる。
『おかえりなさいませ。宰相閣下におかれましては…』
『顔をあげてくださいませんか?』
決まった口上を述べようとした私の言葉は途中で遮られた。
気分を害されただろうか…。
緊張で体をかたくしながら、ゆっくり顔をあげた。
薄布で隔てられた視界に、宰相閣下の姿が飛び込む。
直接お顔を見ることは失礼に当たるため、ばばに言って用意してもらった薄布だ。
何故かそんな気遣いは不要だと言われてしまったけれど。
『快復なされたようで、なによりです』
『お心遣い感謝いたします』
私は浅く頭を下げた。




