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黎明記  作者: 蒼樹じゅん
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黎明記~砂漠の章~④

それから毎日、私は彼と少しずつ話をした。


外の世界を知らない私の好奇心をくすぐる外界の話が多かった。


オアシスにやってくる、動物たちの種類や生態。


行商に行った他の地域のこと。


違う国の食べ物の話。


彼には当たり前かもしれない日常が、私には未知の世界の話になるのだ。


わくわくしても仕方ないだろう。



旅の商人の一行がハレムにやって来て5日目の昼前、彼は少し目を伏せて話した。


『明日の昼すぎにはこちらを出立するとの連絡がありました』


もう5日も毎日通って来ているのだ。


そろそろ他の地域に行かなければならないのだという。




『皇女さま、明日の早朝お迎えに参ります。ハレムでお育ちになった皇女さまには旅は厳しいかと思いますが…私と外に出てみませんか?』



彼は伏せていた目を一度閉じて、私をしっかりと見上げて告げた。


ああ、なんと甘美な誘惑だろうか。


ハレムから出たことのない私を外の世界に連れ出してくれるなんて。


『すべての責任は私が負います』


そう言って、手を差し伸べてくれた。


私は彼の震える手に、自分の指先をそっと乗せた。


『わかったわ。明日の早朝ね。誰にも見つからないようにするわ』


『お待ちしております』


彼は微笑み、私の手の甲に自分の額を当てた。





夕食を終えて、眠るまでの時間、私は自室の窓から外を見ていた。


今夜は空に大きな月が登っていた。


丸く、大きな月をこんな優雅に見つめるのも、今夜限りなのだろう。


侍女はなにも知らずに、寝台を整えている。


彼女とも今夜限りでお別れだ。


少しさみしい気持ちになりながら、侍女の動きを振り返った。


『少し風が出て参りましたね』


侍女がそっと声をかけ、近寄る。


寝台はきれいに整えられ、枕元には安眠を誘う香炉も置かれていた。


『今夜は早めに寝るわね』


『かしこまりました』


侍女は窓を閉め、灯りを小さく調節して退室した。


ゆったりと漂う慣れ親しんだ香木の香りが鼻先を掠める。


…明日は早起きしなくては…。


私はそっと目を閉じた。





翌朝、あたりはまだ薄暗く、夜の気配が濃く残る時間帯に私はひとり起床した。


厨房係もまだ起きていないだろう。


少し肌寒く感じた私は、夜着の上に一枚薄布を羽織って寝台から降りた。


身支度はいつも侍女にさせているので、今朝は最小限で。


手早く着替えを済ませ、小物容れから少しの金子を持ち出す。


これで暫くは生活できるはずだ。



静かに自室を出て、庭へと足早に向かう。


彼はもう来ているだろうか。


馬で来るだろうか、それとも話に聞いた駱駝だろうか。


庭の奥、一部崩れた壁の側まで急いだ私は、後ろから腕を掴まれ動けなくなった。


『皇女さま』



後ろから私の腕を掴んだのは、先日からハレムに滞在していた兵士のひとりだった。


『どちらに行かれますか』


『無礼者、その手を離しなさい』


掴まれた腕が痛い。


兵士は離すつもりはないようだ。


どうして兵士がこんな場所に、こんな時間にいるのか。


『貴女様が脱走を企てているとお聞きしました。ハレムからの脱走は罪だと、ご存知でしょうに…一体何故』


この男は、今なんと言った?


私が脱走を企てている?


…誰かが聞いていたのか、私がここを出ることは彼しか知らないはずなのに。



確かにハレムから脱走することは罪だ。


ハレムの女たちは自分から此処を出ることは許されない。


王の命令があった時(大体は王命で嫁ぐ場合が多いが)、そして命を終えた時、ハレムから出ることを許されるのだ。




『おいたわしや皇女さま。騙されたのでしょう。しかし、規則は規則ですので…』


兵士は一瞬痛ましい顔をしたが、すぐに真顔になり、私を拘束した。



…ああ、私は騙されたのか…?


少年の姿は近くに見当たらない。


誰かに話を聞かれていて、密告されたのか、彼が私を売ったのか…。



あの子が無事ならいいのに…そんなことを思いながら、私は連行されていった。



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