『あお』を救うために
<sideヴェルナー>
「アズールとして生まれる前の子は『あお』というのだが、生まれた時から病弱で、ベッドからほとんど動くこともできず、両親からも見捨てられ、愛されることも知らずに十八年という短い生涯を終えたのだ。私たちのように耳も尻尾も持たない、こことは全く違うその世界ではあの蜜は、アズールの言ったように死のサインだったのだろう。私の推測に過ぎないが、おそらくその蜜が出て、『あお』は命を終えたのではないか?」
「アズールさまは本当に怯えていらっしゃいました。あれは本当に死を覚悟なさっている表情でございましたから、王子のご推測の通りに間違いないと思います」
生まれる前の記憶を持ったまま、新しい人生を迎えることがあったことにも驚きだが、『神の御意志』の番となるべく生まれたウサギ族ならば、どんなことも神のなさったこと。それもあり得ることなのだろう。
だが、そんな辛い記憶を持ったままだなんて……それをアズールさまは五歳まで一人でお抱えになっていたのか……。せめて楽しい記憶であったなら、アズールさまも辛くはなかっただろうに。
信じてもらえるかわからないお話しを王子にお話をなさるのは随分と勇気のいったことだろう。
「あの、少しお伺いしてもよろしいですか?」
「何か気になることがあるか?」
「いえ、アズールさまはずっとお一人でその『あお』という子の記憶を心に留めていらっしゃったのでしょう? それを王子にお話しなさるきっかけはどのようなものだったのですか?」
「ああ、それはアズールが寝言で『あお』と呟いたのを聞いたのだ。夢の中で『あお』と会話でもしていたのだろうな。今度は幸せになろうと寝言を言っているのを聞いて、アズールに『あお』というのが誰なのだと尋ねたんだ。最初は私が知らぬ間にできた友人なのかと思って嫉妬したが、話を聞いて私は誓ったのだ。アズールも、そして、アズールの中にいる『あお』も全て私が幸せにしようと」
「王子……」
「私は神がなぜこんなにも辛い仕打ちをアズールに課したのかと憤ったこともあった。だが、わかったのだ。神はずっと辛い思いをしてきた『あお』の魂を救うために、我々のもとにアズールを与えてくださったのだと」
「魂を、救うために……」
「そうだ。あのまま命を落としたままなら、『あお』の魂は救われないだろう? 愛情を何も知らないままだなんて『あお』が可哀想すぎる。私の元なら、愛されると判断したのではないか? だから、私はアズールにたくさんの愛情を与えていつでも幸せでいて欲しいと思ったのだ。それならきっと『あお』も浮かばれる」
王子の仰る通りだ。この世界でウサギ族として生まれたら、確実に愛される存在となる。
しかも王子はアズールさまを心の底から愛していらっしゃるし、ご両親も目に入れても痛くないほど愛しておられる。もちろん、私たちも同じ気持ちだ。
ここでたくさんの愛に包まれて、アズールさまと共に『あお』さまが幸せになれば、ひいてはそれがアズールさまの幸せとなるというわけか。
「私はアズールから『あお』の話を聞いて一日たりとも忘れた日はないが、今回の時のようにアズールが昔の記憶で恐怖を感じたり、辛い思いをしたりすることがないように、ヴォルフ公爵やアリーシャ殿、そして、兄のクレイ。それにマクシミリアンや爺。そして、この家の執事であるベンには話をしておいても良いのではないかと思っているのだ。ああ、父上も話しておいた方が良いか。皆が知っていれば、アズールも今よりもっと伸び伸びと健やかに暮らせるだろう? 誰でも秘密を隠して生きるのは辛いものだからな」
「その通りでございます。私はもうアズールさまの涙は見たくありませんから……」
「ヴェルナー。お前がアズールを支えてくれたのだな。礼を言う」
「いえ、私はアズールさまのおそばにいる者として当然のことをしたまでです。ですが、アズールさまは王子が来られて、心から安堵なさっておいででしたよ。王子がすぐに駆けつけてくださって、私も安心いたしました」
恐怖に震えるアズールさまを抱きしめて、私も泣いてしまいそうになったことは内緒にしておこう。
「そうか、それを聞いて私も安心した。近々、皆を集めて話をするとしよう。今日は流石に私も疲れているのでな」
ああ、そうだ。アズールさまのご宿泊で疲労困憊なさっていたのだ。
それをお呼び立てしたものだから……普通の人間なら倒れていても不思議はない。
本当に強靭な精神力をお持ちだな。
「私はアズールと少し話をして帰るよ。あとのことは頼んだぞ」
「はい。承知しました」
私の言葉に安心したように、王子はアズールさまのもとに向かわれた。