無邪気が故に
「では、出かけ用に着替えるとするか」
「アズール、ルーと似ているのがいい」
「――っ、そうか。ならそうしよう」
アズールの方から揃いの服を強請ってくれるとはな。
アズールに会いに行くのだからと思って、念の為に揃いの服を選んできてよかった。
二人で寝室に入り、同じ洋服を取り出してアズールに着せる。
やはりアズールが着ると急に可愛らしく感じられるのだから不思議だ。
尻尾穴から見える真っ白な尻尾ももふもふとしていて可愛らしい。
昨夜はあれを私が握って洗ってあげたのだったな。
思い出すだけで興奮してしまう。
このままではダメだと思い、急いで寝室を出る。
「では、ヴェルナー。行くとしよう」
「はい。お供いたします」
部屋を出ると、ヴォルフ公爵とアリーシャ殿に声をかけられた。
「王子がお越しだと聞いてご挨拶に参ったのですが、どちらかにお出かけでございますか?」
「あのねー、僕が大人になったからルーがケーキを食べに連れていってくれるの!」
「えっ? アズール、今なんと言ったのだ?」
「だからね、僕……大人になったの! 白い蜜が出たんだよ! お父さまと一緒っ!」
「ぶほっ! あ、あず、あず……み、みつが……ああーーっ」
アズールが満開の笑顔で無邪気に爆弾を投下する。その破壊力の強さにヴォルフ公爵はその場に崩れ落ちた。
「えっ? お父さまっ、どうしたの? やっぱり僕――」
「アズールさまっ、違いますよ! 公爵さまはアズールさまが大人になられて喜んでいらっしゃるのです」
公爵の様子に驚き一気に笑顔を失ったアズールに、ヴェルナーが必死に声をかけ落ち着かせようとする。
なるほど、これが私を呼んだ理由か……。
なんとなくその理由がわかった気がして、私も加勢する。
「アズール、親というものは子どもが大人になると嬉しいものなのだよ。ここまで育て上げてきたのだからな」
「ルー……」
「アズールもお二人には感謝しているだろう?」
私の言葉にアズールは大きく頷きながら、アリーシャ殿の胸にぴょんと飛び込んでいく。
「アズール、おめでとう。大人になったのね」
「うん。お母さま、嬉しい?」
「ええ、とっても嬉しいわ。お父さまも喜んでいらっしゃるのよ。ねぇ、あなた」
「あ、ああ……。アズール。私も嬉しいよ。おめでとう」
「お父さま……お母さま……僕も、嬉しい……っ!!」
アズールを抱きしめるアリーシャ殿にそっと寄り添う公爵。
仲の良い家族の姿に私も嬉しくなるが、
「ヴェルナー、後で詳しく話せ」
とこっそり小声で伝えると、ヴェルナーは言葉にせずに頷いた。
「アズール、お祝い楽しんでおいで」
「はーい。お母さまにもケーキ買ってくるね。ルー、いい?」
「ああ、もちろんだとも。アリーシャ殿、楽しみにしていてくれ」
「はい」
「じゃあ、アズール。行こうか」
アリーシャ殿からアズールを受け取り抱きかかえたまま、すでに用意されていた馬車に乗り込んだ。
「ケーキっ、ケーキっ!」
嬉しい時に私の膝の上でぴょんぴょん飛び跳ねる姿は幼い頃から全然変わらない。
いつまで経っても可愛らしくて愛おしくてたまらないな。
「今日は爺のところでお菓子を食べたのではなかったか? 本当にアズールはケーキが好きなのだな」
「えー、違うよ」
「えっ?」
「ケーキも好きだけどー、一番はルーとお出かけできるのが嬉しいの。ケーキ食べにいくとお出かけできるでしょう? アズールはね、ルーと一緒にいるのをみんなに見せたいの。ルーはこんなに格好いいんだよって、みんなに見せたくなっちゃうんだ」
「アズール……」
皆が私を見ているのは、好意的なものばかりではない。
この世の中には獣人に対する偏見を持っているのが少なからずいる。
ただ王族だから面と向かっていってこないだけだ。
なんせ獣人が存在するのは『神の御意志』なのだから。
それでも人の心までも制御することはできない。
人と違う見た目の私を怖いと思うものがいて当然なのだ。
だが、可愛いアズールがこうして私のそばにていてくれるおかげでこの十数年で私の印象は大きく変わったと思う。あからさまに怖がるものも少なくなったのだ。
当然だろう。
こんなにも愛らしいアズールが笑顔で私のそばにいてくれるのだから。
本当にアズールは私の人生を全て変えてくれたのだ。