聞かせてほしい!
<sideヴェルナー>
お目覚めになったかと思い、部屋の中のアズールさまに向かって声をかけようとするとガチャリと扉が開いた。
「アズールさま、お目覚め――」
「ふぇぇーーっん、ゔぇ、るぅーー」
小さな扉の隙間から、大粒の涙を次々に流しながら私の名を呼ぶアズールさまの姿に驚いた。
それでもこのお姿を他の者に見せてはいけないと頭で理解する前に身体が動いた。
角度的に警備兵からアズールさまのこの小さなお姿は見えていない。
それでも私の身体で隠すようにアズールさまを抱きかかえ部屋の中に素早く入った。
アズールさまは私の腕の中でその小さな身体をさらに小さく縮めて身体を震わせていた。
一体何が起こったのだろう?
アズールさまを狙う不届ものが侵入したとは考えられないがとりあえず室内を見回るが、やはり怪しげな気配はどこにも感じられない。
ならば、寝ている間に怖い夢でもみてしまったのだろうか。その可能性はある。
だが、王子のブランケットを抱きしめて寝ている時には悪い夢を見ることは今までに一度もなかった。
だからこそ、あのブランケットにアズールさまを任せて一人で寝かせることができたのだ。
もし、悪い夢でもみたのなら何か対策を考えなければいけないだろう。
私なりにいろいろと考えてはみたが、どれもアズールさまがこんなにも身体を震わせて泣いている理由が見当たらない。一体どうしたというのだろう。
腕の中で少し震えがおさまったような気がして、
「アズールさま。もう怖くないですよ。大丈夫です」
と声をかけると、アズールさまはゆっくりと顔を上げた。
と言っても、まだ目しか見えていないが、アズールさまのほんのり赤かったはずの瞳が涙を流しすぎて真っ赤になってしまっている。
「ゔぇ、るぅーー」
「アズールさま。怖い夢でもご覧になったのですか?」
怯えさせないようにできるだけ優しい声をかけると、アズールさまは小さく顔を横に振り、
「ちがうの……」
という。
怖い夢ではないとしたら、一体なんだろう?
無理やり聞き出すのは良くないと思いつつも気になって仕方がない。
「私にお教えいただけますか?」
「んー、でも……こわいの……」
「大丈夫ですよ。私がアズールさまを守りますから。私はアズールさまだけの護衛ですよ」
できるだけ明るく、そして優しく告げると、アズールさまの表情が少し和らいだ気がした。
けれど、その後すぐに
「あのね、ぼく……もうすぐ、しんじゃうの……」
と大粒の涙と一緒に悲しい言葉が聞こえた。
まるでもうすでに死ぬことを受け入れているかのような表情に心が締め付けられる。
「アズールさま、そのようなことは決してございません。私が絶対にアズールさまをお死なせなど致しませんよ」
その小さなお身体をギュッと抱きしめながら、必死にそう告げたのだけれど
「ゔぇる……やさしいね。ありがとう、でも……もうわかってるんだよ。まえと、おなじなんだもの……」
と何かを悟ったような寂しそうなアズールさまの声が聞こえるだけ。
けれど、前と同じとはどういうことだろう?
「アズールさまに何があったのか、お聞きしてもいいですか? それとも、王子にお話しされますか?」
「るーに、はなしたいけど……でも、るーがかなしむから……」
「アズールさま……」
「るーには、いつもわらっててほしいの。だから……」
「ああっ、アズールさま!」
涙を流しているのに、必死に笑顔を見せてくれるそのいじらしい姿に胸が痛くなる。
「ゔぇる……ごめんね。でもぼくがいなくなったら、きしだんでがんばって……」
涙声でそんな優しい言葉をかけられて、私も泣いてしまいそうになる。
けれど騎士ともあろうものが人前で泣いてはいけない。必死に唇を噛み締めながら涙を堪える。
アズールさまはこの小さなお身体で何を抱えていらっしゃるのだろう。せめてそれを吐き出してほしい。
「アズールさま。私にだけ何があったのかお話いただけませんか? ずっとアズールさまのおそばにいたのです。最期のその時までおそばでお守りできるように、今アズールさまのお心を占めているものを私に共有していただけませんか?」
「うん……ゔぇる……ぼく、ほんとうはこわいんだ。みんなとはなれたくない……でもね、もうすぐしんじゃう、さいんがでちゃったんだ……」
「サイン、でございますか? それはどこに?」
顔にはもちろん見えない。手足にも見える部分にはなさそうだ。
そもそもそれが出ただけで死ぬとわかるものだろうか?
「おしっこがでるところから、しろいのがでたら、しんじゃうんだよ」
「えっ? おし――っ、しろ?」
「びっくりしちゃうよね。でもね、ほんとなの。ぼく……さっきおきて、みちゃったの。しろいの、でてた……」
悲しげに話を続けるアズールさまの声はちゃんと聞こえているけれど、まだ頭が理解できていない。
おそらくあれを迎えられたんだろうが、なぜそれをもうすぐ死ぬサインだと勘違いなさったのか……それがわからないとそこから先に進むことができない。
アズールさまのおそばに仕える以上、いつかはそのようなことをお話しする日が来るとは思っていたが、こうも勘違いなさっているとすれば何からお教えしたら良いのか。
「やっぱり、しぬってこわいよね……」
どう話すべきか悩み、眉を顰めていたのをアズールさまは勘違いをなさったようだ。
「よくお聞きください。アズールさま、それは死ぬサインなどではございません」
「えっ? でも……」
「アズールさまがどうしてそのような勘違いをなさったかはわかりませんが、本当は喜ばしいことなのですよ」
「よろこばしい? うれしい、っていうこと?」
「はい。その通りでございます。それはアズールさまが大人になったという証なのです」
「でも、ぼく……まだ、こどもだよ」
「年齢ではなくお身体が大人になったということなのです。大人になるとそこから時折、白いもの……蜜と申しますが、蜜が出るのですよ」
「蜜?」
驚きのあまり涙が止まったようだ。キョトンとした表情で私を見つめている。
「それって……ヴェルも出る?」
「はい。もちろんでございます」
「えっ……お父さまもお母さまも?」
「いいえ、蜜が出るのは男性だけですから、アリーシャさまはお出にはなりません」
「そうなんだ……じゃあ、ルーも?」
「はい。王子も同じでございますよ」
ルーも同じ……そう何度も呟かれて、アズールさまは私を見つめた。
「ねぇ、ヴェルはいつ初めて出たの?」
「えっ? そう、ですね……十歳の時ですから……もう二十年以上前になるでしょうか」
「にじゅう、ねん……じゃあ、本当に死んじゃうサインじゃないの?」
「ええ。反対に、蜜が出るということは身体が健やかに育っているということの証ですよ」
「そうなんだ……」
私の言葉にアズールさまは再度驚いた様子でつぶやいた。