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なんとか気合いで

<sideヴェルナー>


王子とマクシミリアンとの真剣を使った試合の最中に、突然訓練場にアズールさまをお連れしたせいで、マクシミリアンを危険に晒してしまった。


あの時、マクシミリアンが咄嗟に剣を盾にしなければ、私はマクシミリアンを失っていたかもしれないと思うだけで身体が震えた。


生きた心地がしなかったけれど、マクシミリアンの無事な姿に膝から崩れ落ちそうになった。

必死に自分を奮い立たせて、王子に自分の不始末を詫びたけれど、王子からは私を咎める言葉はなかった。


きっとアズールさまの前だから、堪えてくださっているのだろう。

そんな優しさに感謝しながら、アズールさまの差し入れを手渡した。


二階に上がっていくお二人の護衛をしなければという思いも一瞬過ったが、流石にそれは邪魔でしかない。

そもそも王子と一緒ならば、私が守る必要もないのだから。


「ヴェルナー。騎士たちが待っていますよ」


「あ、ああ。これを皆に」


持ってきた袋の中から騎士たちへの差し入れを先に渡すと、訓練で腹を空かせていた騎士たちは一斉に食べ始めた。


「マクシミリアン、其方の分はこちらだ」


「私のも特別仕様ですか?」


「私の手作りをそういうのなら特別仕様かもしれないな」


「これ以上の特別はないですね。だって、この握り方は全てヴェルナーでしょう?」


「よくわかったな」


「わかりますよ。このオニギリから愛が感じられますから」


嬉しそうに笑うこの笑顔をついさっき失っていたのかもしれないと思ったら、また震えてしまった。


「ヴェルナー、私は大丈夫です。あなたのオニギリを食べさせてください」


「マクシミリアン……」


優しい彼の声に嬉しくなりながら、大きなオニギリを口に運んでやる。

美味しそうに食べるのが可愛くて、こっちも食べてみてくれと告げると、食べさせてくれという。


結局最後まで全部のオニギリを食べさせると、マクシミリアンは満足そうに笑っていた。


ふと、騎士たちに目をやれば、黙々とオニギリを食べている。

その表情に何の表情も見えず、もしかして不味かったのかと心配になるが、


「ヴェルナーの作るものが不味いはずがないでしょう? あれは美味すぎて昇天しているのですよ。今までこれほど美味しいものは食べてきていないでしょうからね」


とマクシミリアンに言われてそういうものかと納得する。

なんせ公爵家で用意されていたのは最高級のステーキ肉だからな。

食べ終わるのが勿体無いとでも思っているのかもしれない。


ようやく食べ終えた騎士たちに、


「この後の訓練は各自でやるように」


とマクシミリアンが声をかけるのとほぼ同時に王子がアズールさまを連れて二階から下りて来られた。


まだ訓練の途中だったから、アズールさまは先に公爵家にお連れしたほうがいいだろうと思い、王子に声をかけると、アズールさまの口からとんでもない言葉が飛び出した。


「ヴェル、今日は僕、ルーのお部屋に泊まることになったの」


その言葉に私だけでなく、騎士たちも、そしてもちろんマクシミリアンも驚きを隠せなかったが、王子の顔がこわばっているところを見ると、アズールさまが言い出されたことなのだろうということは明らかだった。


公爵家へのお泊まりでさえもあれほどの苦行だったというのに、王子の部屋でお泊まりなんて……苦行を通り越して拷問のようなものかもしれない。

なんせ、自分のテリトリーに入ったというのに手を出してはいけないのだから。


「マクシミリアン、悪いがあとは頼む」


そう言って、王子はアズールさまを腕に抱き、訓練場を出て行かれた。


「お前たち! 団長は明日、訓練には来られない。各自でしっかりと訓練するように! いいな!」


「はっ!」


マクシミリアンの言葉に騎士たちは王子が別の意味で訓練を休むと思っているに違いない。

だが騎士たちの勘違いをわざわざ訂正することはない。

むしろ勘違いさせておいたほうがアズールさまに手を出そうとは考えもしないだろう。


王子に頑張って耐えてくださいと念を送りつつ、私はマクシミリアンから与えられるだろうお仕置きが気になっていた。



<sideルーディー>


アズールを腕に抱き、城まで向かう。

訓練場から城までは大して離れていないが私の足取りがいつもより遅いのは確かだ。


アズールと一緒だというのにこんなにも気が重いなんていけないことだが、今回だけは許してほしい。

まだ覚悟ができていないのだ。


そう思いつつも、順調に城に辿り着く。


「ルー、お城に着いたね。なんだか久しぶりだな」


「そ、そうだな」


「爺はいる?」


「ああ。もちろんだとも。アズールに会えたら大喜びするだろうな」


「僕も嬉しい」


「では、部屋に行く前に爺に会って行くとしよう」


「わぁー! 嬉しいっ!」


無邪気に喜ぶアズールを見ながら、私はこっそり爺に相談してみようと思っていた。


爺の部屋に向かい、扉の前から声をかけると瞬く間に扉が開かれたのは、アズールの声が聞こえたからだろう。


「アズールさま。私に会いにきてくださったのですか?」


「爺、会いたかったーっ!」


「私もですよ」


爺が笑顔を浮かべると、アズールは私を見上げた。


「ああ、いいよ」


そう許可を出すと、アズールは私の腕からぴょんと爺に向かって飛び出した。


もうかなりの高齢になっている爺だが、ウサギ族である小さなアズールを抱き留めることくらいは問題ない。

私のアズールが他の者に抱きしめられていることに嫉妬しないわけではないが、なんと言っても相手は爺。

アズールを本当の孫のように可愛がってくれているのだから、二人の時間を邪魔しては私のほうがおとなげないと文句を言われそうだ。


だから、あまり長時間でなければ許す。

そう決めているのだ。


しばらく再会を喜び合っていた爺はアズールを私の元に戻してくれた。

やはり爺はよくわかっている。


「それで今日は突然どうなさったのですか?」


「アズール、今日ルーのお部屋にお泊まりするの!」


「えっ?! お泊まり、でございますか?」


「そうなの。オニギリのお礼にルーのお部屋にお泊まりできることになったの」


ニコニコと嬉しそうに話すアズールの様子に察しのいい爺は大体の状況を掴んだようだ。


「なるほど。それはお楽しみでございますね」


「でしょう?」


得意げな顔を見せるアズールに、


「おおっ、そうでした。今度アズールさまにお持ちしようと思っていた美味しい菓子があるのですよ。召し上がりませんか?」


そう言って、可愛らしい焼き菓子の箱を見せる。


「わぁー、美味しそう!!」


「ではこちらでゆっくりお召し上がりください」


そう言って、私の腕からソファーへと移動させる。

アズールは目の前の美味しそうな菓子に夢中になって食べ始めた。


「ルーディーさま。ご自分のお部屋でお泊りなど大丈夫でございますか?」


「どうしようもなかったのだ。だが、アズールに頼まれればやるしかないだろう」


「そうでございますね。ルーディーさま。お気をしっかり持つのです!」


「ああ、それしかないな」


「何かあればすぐに私をお呼びください」


「爺、ありがとう」


爺という心強い協力者がいるから、なんとか気合いで明日まで持ち堪えられるだろう……多分。

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