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王子の途轍もない力

<sideマクシミリアン>


今日の特別訓練はいつにも増して激しい内容になっていた。

獣人である王子なら余裕だろうが、若い騎士たちにはかなりハードな訓練になるだろう。

前もって内容を確認していた私は、さすがにこの訓練には不満の声が漏れるのではと思っていたが、王子が、誰も欠くことなく訓練を無事に終えることができたら皆の前で王子と私の剣術の試合を見せてやると約束をすると、騎士たちは俄然やる気になった。


それはそうだろう。

王子は若い騎士の訓練こそ付き合ってはくださるが、対面での試合は騎士たちとあまりの力量が違いすぎて試合にならず、王子が半分ほどの力を出せる相手がこのヴンダーシューン王国騎士団においては私とヴェルナーしかいない。

ヴェルナーが今、アズールさまの専属護衛をしていることを考えれば、実質相手は私しかいないのが現状なのだ。


目の前で王子の剣術の試合を拝見できる、そんな夢のような豪華な餌に釣られ、とびきりハードな訓練にもかかわらず一人の脱落者もなく、訓練を終えることができた。


「団長! 副団長との試合を見せていただけるんですよね!」


気力・体力共に限界まで使い果たしているはずなのに、こんなにも目を輝かせて私と王子の試合を待ち侘びてくれているのなら、私も本気を出さなければいけないだろう。


私は練習用の木剣ではなく、真剣を手にとり王子の元に向かった。


若い騎士たちの力でもこの鋭い刃を持つ真剣ならば、少し掠るだけでもとんでもない事態になるだろう。

それを王子に持たせるということは生半可な気持ちで戦えば命が危ないということだ。


王子からも真剣を前に、本当にいいのか? と尋ねられたが、私も剣術には多少自信がある。

決して百パーセント本気の王子を引き出すことはできなくても、この剣ならば王子も私の試合に向き合ってくれるはずだ。


この覚悟が若い騎士たちのこれからの訓練の糧となるのなら、とことんやるしかない。


私の覚悟を感じ取ってくださった王子は真剣を手に訓練場の中央へ進んだ。


向き合うだけでビリビリと威圧を感じる。

だがここで怯んでなどいられない。


ここは私から攻撃を始めるんだ!


試合開始の掛け声とともに王子に飛び掛かる。

しかし、王子はいとも容易く私の剣を交わし、さらに攻撃を仕掛けてくる。

それを交わすだけで必死だが、それでも王子との対戦は途轍もなく興奮する。


また少し王子の力が放出される。

それを肌で感じながら剣でぶつかり合う。


ここまでか……。


最後の瞬間を覚悟しかけた時、ふわりと私の鼻に愛しい伴侶の匂いを感じた。

ヴェルナーがいる?

私の本能がそう言っているのだから、絶対に間違いはない。


そう確信したと同時に、


「ルーっ! 頑張ってぇーっ!」


と聞き慣れたアズールさまの可愛らしい声が耳に飛び込んできた。

その瞬間、今まさに私にとどめを刺そうと飛び込んできた王子の目がカッと開き、今までに見たことのないほどの速さと力の圧が私の目の前を通り過ぎていった。


くそっ!

これが獣人の全力か!


私でさえ立っていられないほどの威力にたじろいでしまいそうになるが、私が受け止めなければ後ろにいる騎士たちがとんでもないことになる。

さっと剣で身を守ると、私の代わりにその剣が王子の全ての力を受けて弾き飛ばされた。


訓練場の遥か彼方まであっという間に飛ばされ、壁を破壊しながらようやく止まった。

その途轍もない破壊力に騎士たちは言葉もなく静まり返っていた。


あまりの突然の出来事に静まり返った訓練場に響き渡ったのは、アズールさまの可愛らしい泣き声。


すると一瞬にして王子から放たれていた恐ろしいほどの力がフッと霧散し、一目散にアズールさまに向かって駆け出していく。


ああ、やはり王子を生かすも殺すもアズールさましかいないのだ。


「ふ、副団長。お怪我はありませんか?」


「ああ。大事ない。お前たちは怪我はないか?」


「はい。私たちは何も」


「そうか、それならよかった」


王子に剣を弾き飛ばされた衝撃がまだ手に残っているがこれもじきに治るだろう。

それよりも誰にも怪我がなくて本当によかった。


王子が駆け出して行かれた方に視線を向けると、アズールさまをしっかりと腕に抱かれながら必死に慰めておられるようだ。あれほどお強い王子が形無しだな。


「あの、副団長……団長の腕に抱かれているあのお方が婚約者の公爵家のご令息・アズールさまでいらっしゃいますか?」


「ああ、そうだ。そうか、お前たちは初めてお目にかかるのだな」


「はい。お美しいお方だというお噂はかねがね伺っておりましたが、あれほどお美しいとは……」


「しっ! それ以上言葉にするなっ! 王子に斬り殺されても文句は言えぬぞ」


「ひぃ――っ!!!」


実際のところは、それくらいで王子がお怒りになることはないが、アズールさまに少しでも不埒なお考えを抱かせないためには、これくらい驚かせておいたほうがいい。


アズールさまがお美しくても決して手を出してはならぬ。

これがこの国で幸せに暮らすための術なのだから。


王子とアズールさまの会話が落ち着くのを待って、お二人の元に向かうと、お二人の後でヴェルナーが申し訳なさそうに俯いているのが見える。


おそらく今回の件の責任を感じているのだろう。


アズールさまにねだられてここまで連れてきたのだろうが、ヴェルナーにしては少し迂闊だったな。

でもそれを王子もわかっているからこそ、決して責めたりはしない。

アズールさまの前でヴェルナーを責め立てたりすれば、アズールさまも責任を感じてしまうのだから。


王子から私に視線が送られる。


承知しております。

私がヴェルナーにしっかりとお仕置きをしておきますので……。

そう目で訴えると、王子は少し笑ったように見えた。

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