名前を呼んでほしい
<sideルーディー>
あれからもアズールは会うたびに私の尻尾に興味津々な様子。
ダメだと言ってわからないだろうし、そもそも運命の相手に尻尾を握ってはいけないなど言えるはずもない。
なんせ、尻尾に触れあうのは愛情表現の一つでもあるのだから。
丸みを帯びたアズールの小さな尻尾に私がそっと触れると、アズールが嬉しそうに笑うのもただ私に触れられるのが嬉しいだけだ。
そして、そのあとは決まって私の尻尾に触れたがる。
そんな可愛いアズールの笑みを奪うことなどできるわけもない。
だから、私はアズールと会う中で少しずつ触れ合う時間を増やし、最初から気合をいれ、精神を集中していればアズールの力で握られるくらいならなんとか我慢できるようになった。
そして、アズールが寝返りをできるようになった頃、公爵邸に私とアズールのための部屋も作られ、二人で過ごすことができるようになった。
とはいえ、アズールはまだ赤子。
恋人としてというよりは、アズールのお世話をさせてもらうための部屋だ。
哺乳瓶でミルクをあげたり、抱っこして絵本を読み、寝かしつけをしたり、そのまま一緒に昼寝をしたり……。
たわいもないその時間だと思われるかもしれないが、そんなことはない。
二人っきりで過ごせるその時間が私にとっての癒しの時間なのだ。
「アズール。お座りが上手にできたな」
生後六ヶ月を迎えたアズールは座らせてやると、しばらく自分で座ったままの状態でられるほど成長していた。
と言っても、すぐにコロンと後ろに転がってしまう場合もあるので、頭を打ったりしないようにするためにも私が後ろに座って守っているのが前提だが……。
アズールも私が後ろにいるとわかっているからか、上手に座っていてもわざと後ろに倒れてくることがある。
それを私の身体で抱き止めてあげると大喜びするのだ。
きっとこれも遊びの一環だと思われているのだろう。
でもそれでいい。
遊びながらアズールが成長していく姿を見られたらそれでいいんだ。
私の今の大事な目標は、アズールに一番最初に名前を呼んでもらうことだ。
だから、毎日毎日会うたびに
「ほら、アズール。私はルーディーだよ。ルーディー、言ってごらん」
と促しているが、
「あぶっ、あぶっ」
と楽しそうな声をあげるだけ。
ヴォルフ公爵たちと違って会う時間が短い私はかなり分が悪いが、絶対に私の名を一番に呼んでもらうんだ!!
それだけは絶対に譲れない!!
うーん、どうしたらアズールに私の名前を一番に呼んでもらえるか……。
ここ最近は寝ても覚めてもそのことばかりを考えてしまっていた。
こうなったら……。
「爺……今いいか?」
「今日もアズールさまのところに行かれたのでしょう? 今日のアズールさまはいかがお過ごしでございましたか?」
爺は第一線から退いていたが、私に許嫁ができたこともあって、私の相談役ということでこの城に留まってくれる事になった。
そのおかげで私はアズールと会ったあとは必ず爺の部屋に寄って自室へ戻るのが日課となっていた。
爺も私がアズールの話をするのが楽しいようで嬉しそうに聞いてくれるばかりか、困ったことがあれば的確なアドバイスもくれる。
本当に私の大事な相談役なのだ。
「今日のアズールは一人で座れる時間が長くなっていたぞ。足を投げ出して座ると、尻尾がヒクヒクと動いて本当に可愛いんだ。それにその座り方のまま、後ろにいる私に振り向いて笑うのだぞ」
「それは、それは実に愛らしい。私も早くアズールさまにお目にかかりたいものですね」
「ああ。一歳になったらお披露目があるからそれまでの辛抱だ」
「それで、ルーディーさま。何か私にご相談でもおありでございますか?」
「やっぱりわかったか?」
「はい。私は爺でございますぞ。ルーディーさまのことなら、クローヴィスさまよりもずっと存じ上げております」
「爺……」
やはり爺が戻って来てくれて本当によかった。
「実は、アズールに私の名を一番最初に呼ばせたいのだ。そのためにはどうしたら良いだろう?」
「そうですね……名をお呼ばせになる時、ルーディーさまはアズールさまになんとお呼びかけになっていらっしゃるのですか?」
「『私はルーディーだよ。ルーディー、言ってごらん』と言っているのだが、何か違う呼びかけをした方が良いのか?」
「そうですね。おそらくアズールさまには難しいのだと思われます」
「難しい? 私の名前がか?」
「そうです。まだ舌もうまく使えませんので、もう少し簡単な愛称にして差し上げると、呼んでくださるのではないでしょうか?」
「愛称……そうかっ!! さすが、爺っ!! ありがとう!!」
爺の言葉にパッと目の前が開けた気がした。
これでアズールに私の名を呼んでもらえるかもしれない!!
ああ、明日が楽しみだ。