不思議な名前
<sideルーディー>
「あずーると、おふろに、はいれる?」
アズールの言葉に一瞬理解がついていかなかった。
以前も一緒に入りたいとせがまれた時に、子どもは大人と一緒に入らなければいけないと言ってなんとか誤魔化したのだが、まさかそれを覚えているとは思ってもみなかったからだ。
成人して大人になったのだから一緒に入れるだろうと言われた時は、なんと言って断れば良いのか答えが出てこなかった。
だが、本当なら私だってアズールと一緒に風呂に入りたいのだ。
だが、それは現実にはやってはいけないのだ。
ようやく私は成人になったが、アズールはまだ子ども。
しかも成人になるまであと13年もある。
アズールが成人を迎えるまでは決して直に触れてはいけない。
そういう決まりだ。
私はただひたすらにアズールが成長するのを待ち侘びるだけだ。
アズールは毎日母であるアリーシャ殿と風呂に入っている。
それは私がそう願ったのだ。
アズールの裸を見ていいのは伴侶である私とアズールを産んだアリーシャ殿だけ。
これは生まれてすぐにアズールと出会った時から取り決めたものだからヴォルフ公爵も守ってくれていることだろう。
そのアリーシャ殿がアズールと風呂に入るのを楽しみにしているのではないか。
だから今日はやめておこう
そう理由をつけるとアズールは素直に受け入れてくれた。
アズールもまたアリーシャ殿がどれだけアズールとの風呂を大切に思っているかをわかっているのだろう。
アズールをアリーシャ殿のもとに届けホッと安堵の息を漏らしながら風呂場に入る。
髪と身体を洗って長旅の汚れを落とし、落ち着いたのかふとあの宿で薄衣を着て脱衣所に座っていた女たちのことを思い出す。
本当に愚かな者たちだ。
アズールという運命の番がいる私にはあんな者たちなど、何の興味もない。
私にはアズールだけだ。
そう再確認して、急いで夜着に着替えアズールが戻ってくるのを待った。
ほかほかと温まったアズールは色白の頬をほんのり赤く染め、いつも以上に可愛らしい姿で私の手の中に戻ってきた。
ああ、可愛い。
アズールを寝室に連れて行く。
ベッドに寝かし、私も隣に身体を滑らせると、
「ルー、だっこぉー」
と可愛らしく甘えてくる。
これだけでも結構クるが、抱っこをせがむときはもう相当眠いはず。
これならいけそうだ。
最後の手段で尻尾でアズールの身体を撫でると
「くすぐったい」
と言いながら、目を瞑り始めた。
キュッと尻尾の先を握られてゾクリと身体が震えたが、これくらいならなんとか堪えられる。
必死に戦いを続けていると、
「きょうの、ぱーてぃー、たのしかった?」
と眠そうな声で聞いてくる。
「ああ、アズールのおかげで幸せな誕生日だったな。ありがとう」
柔らかな髪を撫でながらそういうと、目を瞑ったまま嬉しそうに笑顔を見せた。
「そういえばあの歌は、アズールが考えたのだったな。歌も上手だったし、アズールにそんな才能があったとは知らなかったな。素晴らしい歌だったぞ」
「よかった……あおの、おかげだね」
「あお? 誰だ、それは? アズール?」
突然出てきた聞いたことのない名前に驚いて聞き返してみたが、アズールはすでに夢の中。
あおとやらの正体を知ることはできなかった。
あお……あお……あお。
一体どこの誰なのだろう?
そのあおとやらがあのパーティーに大きく関わっているというのか?
とすれば、爺かマクシミリアンの知り合いか?
私は聞き馴染みのない不思議な名前をひたすら考え続けていた。