それぞれの思い
<sideヴェルナー>
王都を出発し、最初の休憩時間に王子の気持ちを伺った。
少しでも早く王都に、そしてアズールさまの元に帰りたいと仰る王子に協力を申し出たが、私自身の思いでもある。
まだ出発したばかりなのにもうマクシミリアンに会いたい私と王子は同じだ。
ここは利害が一致する者同士、頑張るしかない。
そう思いながら、予定よりも早く最初の宿泊地に到着した。
これで明日は早く出発できる。
食事とお風呂を終え、すぐに眠りたいと仰る王子の意向通りに進めていたが、離れにある風呂場に入った瞬間事件は起こった。
水に触れれば溶ける薄衣を着た女性従業員が三名、脱衣所に勝手に侵入していたのだ。
しかし、すでに運命の番であるアズールさまと出逢われている王子にたとえ裸で迫ったとしても欲情することはあり得ない。
それどころか、アズールさまから正妻の座を奪おうとした不届き者として捕縛の対象となる。
そもそもが王族専用の離れに、了承も得ずに立ち入っていた時点で逮捕は免れない。
私は部下の騎士に命じ、三人を捕縛の上、別の場所で女将にも話を聞いた。
「王子の風呂場に侵入し、迫ろうとしたのは女将の差金か? それとも本人たちの勝手な考えか? 答えよ」
「――っ、は、はい。私は何も指示はしておりませぬ。あの者たちが勝手に行動したのでございます。王族のお方にご迷惑をお掛けするなど、とんでもないことをしでかした罰をあの者たちにお与えください」
「そうか。其方の娘も仲間のようだが罰を与えて良いのだな?」
「えっ? そんなはずは……タリアは騎士団長さまにお声がけするようにと、あ――っ!!!」
目の前にいる女将は口を押さえながら、表情がみるみるうちに青褪めていく。
「女将、今なんと申したのだ?」
「い、いえ。私は何も……」
「とぼけようとしても無駄だ! 其方の言葉は全て録音済みだぞ。まさか王子だけでなく私も狙われていたとはな」
「申し訳ございません! どうかお許しくださいませ!」
女将は頭を床に擦り付けながら、必死に謝罪を繰り返すがこんなの何の意味も持たない。
「其方のような愚か者の謝罪と土下座になど何の価値もない。余計なことをせず、王都から応援が来るまで地下牢で娘たちと待つが良い」
「そんな……っ、どうかお許しをっ!!」
そう叫び続ける女将を部下の騎士たちに任せ、私は王子の元に報告に向かった。
<sideルーディー>
「王子。少し宜しいでしょうか?」
風呂から上がり、もう寝るだけになった頃、ヴェルナーが部屋に来たのは先ほどの件の報告だろう。
すぐに部屋に入れ、どうなったかと尋ねると女将とのやりとりを聞かせてくれた。
「なるほど。ヴェルナー、お前も標的だったか」
「はい。女将とあの女性たち三人は地下牢に閉じ込めて見張りをつけています。王都からの応援の騎士に引き渡し次第、見張りを行っている騎士たちは我々に合流することになります。我々は先に進みましょう」
「そうだな。こんなことで足止めを食らいたくはない。なんせアズールが私の帰りを待っているのだからな。父上には私からも早馬を出しておこう」
「はい。そうしていただけると幸いにございます」
「ご苦労だったな。ヴェルナーも交代で休んでくれていいぞ」
「はい。王子もどうぞごゆっくりお休みください」
ヴェルナーが早急に片付けてくれたおかげで、ゆっくりと休めそうだ。
ベッドに横になり、考えるのはアズールのこと。
普段なら何かあればすぐに駆けつけられる場所にいたのに。
これからはどんどんアズールとの距離が離れていくのだ。
国王となるのに必要なこととはいえ、やはり運命の番と物理的に離れるのは不安になるものだ。
アズールも私と同じように不安がっていないだろうか。
あのブランケットが少しでもアズールの心の支えになっているといいのだが。
アズール、私はずっとアズールのことだけを思っているぞ。
<sideフィデリオ(爺)>
「まっくす、これ、どうするの?」
「はい。こちらをゆっくりとこのバロンに差し込んでください」
「こう?」
「ええ、お上手ですよ」
「こっちは?」
「こちらを持ってそこの穴に入れるのです」
「こう?」
「そうです、お上手ですよ」
ようやくバロンを膨らませることができたアズールさまはご機嫌なご様子で、今度は形づくりの練習に入られた。
アズールさまはすぐにルーディーさまにそっくりなバロンをお作りになりたかったようだが、流石にそれは難しい。
まずは手慣らしで他のものを作ってみましょうというマクシミリアンの説明に素直に頷かれた。
まずは花が簡単だろうということで先ほどからマクシミリアンが自分のを作りつつ、アズールさまにお教えしているが、一枚の紙で王冠をさっと作れるほどの手先の器用さをお持ちだからか、初めてのバロンクンストとは思えないほど綺麗な形になっている。
さすがだ。
やはり『神の御意志』であるルーディーさまのご伴侶となるべく、この世にお生まれになったお方だ。
あの王冠の作り方をどこで学ばれたのかとお尋ねした時、何か重要なことをお隠しになったような気がした。
本来ならば隠すべきことではないことをどうしてお隠しになったのか……。
まだ話す時期ではないと思われたのか……。
それとも、話しても我々には理解ができないことだと思われたのか……。
いずれにしてもアズールさまがご自身のお気持ちでお話にならないとお決めになったのだから、それを深追いすることはしなかった。
もしかしたら、アズールさまが生まれながらに賢いのは、『神の御意志』であるルーディーさまと同様に、アズールさまにも神さまから何かしらお授けものがあったのかもしれない。
そうだとすれば、全てに納得がいく。
アズールさまのこれからの成長が楽しみでならないな。