アズールさまの贈り物
<sideフィデリオ(爺)>
ルーディーさまが儀式に向けて御出立になり、そろそろアズールさまも落ち着かれた頃かと時間を見計らって公爵邸に伺うと、玄関を開けてくれたこの屋敷の執事であるベンに
「アズールさまはただいまお部屋でお休みのようでございます」
と伝えられた。
少しくるのが早すぎたか……と思っていると、階段から
「じぃっ!!」
と可愛い声が聞こえる。
こんなふうに私を呼んでくださるのは、世界広しといえどもアズールさまだけだ。
まだ慣れていないトテトテとした歩き方だから、一段一段、ゆっくりと階段をお下りにならなければいけないのに、目線は私を向いておられる。
私にそのような可愛らしい笑顔を見せてくれるのは嬉しいが、階段を転げ落ちるのではないかと思うと気が気でない。
アズールさまをお守りする護衛のマクシミリアンは一体どうしているのだ?
そう思っていると、アズールさまの背後にマクシミリアンの影が見えた。
ああ、ちゃんと仕事をしているようだな。
アズールさまの自我の発達の妨げにならぬようにやりたいことはさせてあげるのが一番だ。
だが、決して怪我はさせないようにするのが大事だ。
階段は上るより下りる方が随分と難しい。
おぼつかない足取りで残り数段になったところで、
「じぃっ!!」
と私に両手を伸ばし飛び込んできた。
おいぼれになったとはいえ、泣く子も黙る熊族の爺。
小さなウサギ族のアズールさまお一人くらい軽々と受け止める自信はある。
急いで階段近くに駆け寄り、飛びこんできたアズールさまを受け止めると、
「ぐぅ――っ!!」
これは……ルーディーさまの匂い。
これほどまでにマーキングされていったのか……。
驚くほどの狼族の威嚇の匂いに顔を背けたくなるが、そんなことをしてはアズールさまが傷つかれるに決まっている。
アズールさまにはこの匂いがどれほどの威力を放っているかがわからないのだから。
ベンは途轍もない威力に申し訳なさそうにしながらも離れていった。
熊族の私ですらやっとなのだ。
狐族のベンがそばにいられるわけがない。
「じぃ? どうかしたの?」
「い、いいえ。なんでもございません。アズールさまが飛び込んできてくださったから、爺も嬉しゅうございますよ」
「アズールもうれしい。だって、いまから、ルーのおたんじょうびのこと、かんがえるんだもんね」
「そうでございますね。で、ではどこでお話をいたしますか?」
匂いによる威嚇が強すぎてすぐにでも下ろしたいのだが、なかなか下ろすタイミングを窺えない。
すると、スッとアズールさまの背後からマクシミリアンの腕が見えたと思ったら、アズールさまを私の腕から下ろしてくれた。
「おお、マクシミリアン……」
「お祖父さま。応接室をお借りしております。そちらに参りましょう」
「ああ、ありがとう」
この礼にはアズールさまから引き離してくれたお礼もあるのだが、きっとそれは十分わかってくれているだろうな。
なんと言ってもこのおいぼれよりも、マクシミリアンの方がずっと鼻がいい。
あの途轍もない威嚇の匂いに普通なら少しの時間もそばにいるのは耐えられないだろう。
それでもアズールさまのおそばで守っているのだ。
ちゃんと仕事をしているどころの話ではなかったな。
我が孫ながら素晴らしいぞ、マクシミリアン。
応接室の窓を開け換気をしながら、アズールさまと私、そしてマクシミリアンでルーディーさまのお誕生日のことを考える。
通常、王家のお方の誕生日といえば、盛大に祝うもの。
しかも成人のお祝いも兼ねているのだから、それはとんでもない準備が必要になってくる。
これはたった一週間やそこらでは到底準備などできるはずもない。
アズールさまのお披露目会の時のように、このヴンダーシューン王国の主要な貴族を招いて盛大に祝う必要がある。
もうすでにルーディーさまの成人の祝いはもう一年も前から陛下が考えておられるから、そこにアズールさまのアイディアを入れることはできない。
なぜならば、そのパーティーではアズールさまもルーディーさまととにも主役としてお並びになるからだ。
だから、アズールさまがお考えになるのは、ルーディーさまが儀式を終えてお帰りになったその当日。
ここに直接お帰りになると仰っていたから、そのままここでアズールさまがお考えになったパーティーをするのだ。
もちろん陛下のお考えになる成人のお祝いも喜ばれると思うが、なんと言っても愛しいアズールさまがお考えになったパーティー。
ルーディーさまもお喜びになるはずだ。
アズールさまも毎年お誕生日にはルーディーさまからたくさんの贈り物を貰っておいでだから、きっと何かをプレゼントしたいと仰るのでないかとにらんでいる。
「アズールさま。ルーディーさまのお誕生日に向けて何かお考えになりましたか? 何かございましたらぜひお教えください」
アズールさまはルーディーさまに何をプレゼントなさるおつもりだろう。
年甲斐もなく、少しウキウキとしている私の耳に飛び込んできたのは意外な言葉だった。
「ぼく……おへやにかざりつけをして、ルーのためになにか、おいしいものをつくりたいなって……」
「えっ? 部屋に、飾り付け? 美味しいものを、作る?」
「やっぱり、ぼくには、むずかしいかなぁ?」
「――っ!!!」
長い耳を垂れさせ、小首をかしげる仕草のなんと可愛いことか。
いやいや、それにときめいている場合ではない。
アズールさまはどうしてそんなことを思いついたのだろう?