仲睦まじい二人
<sideマクシミリアン>
王子とアズールさまが行かれる店に先に出向き、店主に王子と婚約者のお方が来られると話をすると、店主が一瞬怪訝そうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
『神の御意志』という存在だとわかっていても、国民の中には、獣人に良いイメージを持たない者も一定数いる。
おそらく店主はそっち側の人間なのだろう。
だが、相手は王族。
しかも次期国王となるお方だから、表立ってきて欲しくないとは決して口には出さない。
それはそうだろう。
そんなことを口に出してしまえば、不敬罪で罰を与えられるのは目に見えている。
だから、店主の彼はすぐさま表情を改め、
「我が店をお選びいただき恐悦至極に存じます。奥の個室をご用意致しますので、そちらをお使いいただけます」
と頭を下げた。
店内にはたくさんの客で溢れかえっているし、王子もアズールさまと二人っきりで個室で召し上がる方が安心だろうから、その方が都合がいい。
「すぐにお越しになるから準備をしておいてくれ」
「承知いたしました」
すぐに全ての準備が整えられ、私は店の扉を開けてお二人の到着を待った。
アズールさまを大事そうに抱きかかえられ、周りの草花や建物に目をやりながら話をしておられる姿を見ると、本当に心から愛していらっしゃるのだと微笑ましく思ってしまう。
このお二人の仲睦まじい様子を見て、この店主たちも王子への意識が変わればいい。
そう願わずにはいられない。
店の前で私の隣で頭を下げ続ける店主の元に王子が来られて、
「突然で悪いな」
と優しい声をかける。
店主は王子からのその優しげな声に驚きを見せたものの、なんとか言葉を返したが
「ねこちゃんらぁ!!」
というアズールさまの可愛らしい声に驚き、思わず顔を上げてしまったのだ。
アズールさまの可愛らしいお顔を目の前で拝見してしまい、全身の力が抜けてしまったようだ。
まぁ、無理もない。
アズールさまの鳥の囀りのような可愛らしく、しかもまだ発音も辿々しい言葉を間近で聞いてしまったのだ。
その上、それを発しているのがこの世のものとは思えないほど可愛らしい真っ白な長いウサギ耳を持つ可愛らしい赤子。
ただでさえ、どの種族の赤子も可愛いというのに、アズールさまは別格だ。
腰が抜けてしまうのも仕方のないことだろう。
「らいどーぶ?」
そんな店主に優しい声をかけるアズールさま。
ああ、本当になんとお優しいのだろう。
店主は混乱した様子で返事を返していたがおおよそ言葉になってもいない。
王子はもう店主と関わらせるのは危ないと判断したのだろう。
さっさとアズールさまを連れ、中に入った。
店主は腰の抜けた身体を必死におこし、店内に入っていった。
店内にいたほぼ満員の客の視線は全て王子とアズールさまに注がれているのがわかる。
これほどまでとは思わなかったな。
こんなにも早く専属護衛をつけなければならない意味もわかるというものだ。
アズールさまに対しては好意的な言葉が、王子に向けては少し否定的な言葉が多いのが気になるところだが、面と向かって文句を言われているわけでもないので王子も我慢なさっているのだろう。
大声を出してアズールさまに嫌われたくないというのが一番の理由だろうが。
店主とは違う、他の店員が店内での騒ぎを鎮めるために、用意していた奥の個室にお二人を案内しようとするが、
「やぁーっ、あじゅーる、こりぇ、みりゅー!」
アズールさまはシューケースの前から離れたがらない。
店内に不穏な空気が流れた。
きっと皆、考えていることは同じだ。
王子がアズールさまを叱りつけて、さっさと奥の部屋に入るはずだと。
あんなに怖そうな顔をしているから当然とでも言いたげな客たちの反応をよそに、王子は
「アズール、自分で選びたいのならここで気が済むまで選んでいこう」
自分の腕の中にいるアズールさまに優しい声をかける。
本当にその声のなんと甘いことだろう。
店内の客たちも店員も皆二人の様子に釘付けになっている。
だがお二人はそんな様子も気にならないようで、甘い会話を交わし続ける。
「アズール、食べたいものは全て頼んだらいい。アズールが食べきれないものは私が全部食べるから心配はいらないよ」
どれも美味しそうで悩んでしまっているアズールさまに、そんな声をかける王子の姿にさっきまでの不穏な空気はあっという間に霧散していた。
食べたいだけ食べて、食べきれないものは自分が食べてやるなんて言える恋人がこの世の中にどれほどいるだろう。
店内にいるものたちの王子への恐怖は、憧れに変わっていった。
『王子さまって怖い人だと思ってた』
『本当、すっごく優しい』
『いいなぁ。あんな優しい人が婚約者なんて……』
そんなことを言い出す者も出始めたその瞬間、
「るー、らいちゅき!!」
というアズールさまの声が店内に響き渡った。
その可愛らしい声に店内は一瞬で静まり返ったと思ったら、すぐに地鳴りのような叫び声が響き渡った。
あまりの動揺に椅子や机を倒してしまう者が続出し、危険だと判断したのだろう。
ルーディー王子はさっと上着にアズールさまを隠し、急いで奥の個室に駆け込んで行った。
ショーケースの物を全て部屋に運べという指示は忘れずに。
あんな状況下でもアズールさまを喜ばせることを忘れてはいないのだから、本当にすごいお人だ。
まだ尚、騒然としている店内で
「静かに! 騒ぐなっ!」
と声を張り上げると、一気に店内が静寂を取り戻した。
「よいか、ルーディー王子とアズールさまは運命の番。決して離れることはできないばかりか、さっきお二人のお姿を拝見しわかったように、あのお二人はお互いに愛し合っていらっしゃる。アズールさまはとても繊細で大きな物音をひどく怖がられる。お二人が仲睦まじくお過ごしになっている時は、静かにその様子を見守ってくれ。わかったな」
私の言葉に店内にいる客の全ては大きく頷いた。
あれだけ仲睦まじい様子を目の当たりにしたのだ。
邪魔するものなど出てくるはずもない。
今回は初めてのことで私も対処に困ったが、これからはもっと早めの対策が必要だ。
ヴェルナーにもっと適切な警護ができないか相談してみよう。
それにしてもあんなに幸せそうなお二人の姿を間近で拝見していたら、ヴェルナーに会いたくなってきた。
アズールさまの護衛はやりがいがあるが、そこだけが唯一の欠点かもしれない。