鋼の精神力
<sideマクシミリアン>
「マクシミリアン、大変だ! お前が、ヴォルフ公爵令息・アズールさまの専属護衛に正式に決まったぞ!」
「えっ? 私が……専属護衛?」
一瞬何かの冗談かと思った。
けれど、ヴェルナーの真剣な表情にそれが冗談でないことはすぐにわかった。
でも、私はまだ騎士になりたてで、ようやく先日、念願だった陛下の護衛にと打診を受けたばかりだったのに……。
「どうして私がそんな大役を?」
「お前のお祖父さまであるフィデリオさまが推薦なさったんだ」
「祖父がですか?」
「ああ、フィデリオさまのご推薦ならばということで、お前に白羽の矢が立ったのだ」
「ですが、ヴォルフ公爵家のアズールさまといえば、王子の運命の番でいらっしゃって、たいそう溺愛しておられると伺っておりますが、そんなお方のそばに私などがついてよろしいのでしょうか?」
「えっ? あ、いや……そ、そこは大丈夫だ。ルーディー王子もフィデリオさまの推薦ならば気にならないと仰っていた」
確かに、世話役でいらっしゃって、今でもなお相談役としておそばについている祖父が推薦してくれたのなら、それもあるかとは思うがなんとなく腑に落ちない。
「団長、何か隠し事をなさってませんか?」
「――っ、そ、そんなっ、隠し事なんて、あるわけがないだろう!」
「本当ですか? ヴェルナー。後でじっくりとベッドでもう一度尋ねてもいいんですよ?」
「――っ!!! くっ……! ああ、もうっ! 話せばいいんだろう!」
「何があったんですか?」
「フィデリオさまが……私たちの、その……関係を、お話になったんだ……」
「えっ……本当ですか?」
「ああ。独り身にはアズールさまの護衛は任せられないという話になった時に、すぐにフィデリオさまが仰ったんだ。はっきりとは仰らなかったが、含みを持たせるような言い方で……それですぐにバレてしまった」
真っ赤な顔でそう告げる愛しいヴェルナーの姿に、私はもう我慢ができなかった。
「ヴェルナー、これを機会にもう公表しませんか? 私は堂々とあなたが私の伴侶だと見せつけたいのです」
「マクシミリアン……」
「アズールさまの護衛に決まったのが、良いきっかけではありませんか? 私はアズールさまが成人するまでは騎士団から外れ、ヴェルナーとははたらく場所も変わるのですから、問題はないでしょう? ある意味、アズールさまの護衛に選ばれたことで、私たちの関係を公表するいい機会になったではないですか? もしかしたら祖父もそれを望んで私を推薦くださったのかもしれませんよ」
「そう、だろうか……」
「ええ。ですから、もう私は隠しません。ヴェルナー、今日はこのまま泊まってくださるのでしょう?」
「マクシミリアン……寝室に、連れて行ってくれ」
「ふふっ。仰せの通りに」
私たちはやっとなんの憂いもなく、深く愛を確かめ合った。
その翌日、早速ルーディー王子からお声がかかり、ヴォルフ公爵家でアズールさまと対面できることになった。
「アズールの可愛さに決して落ちるではないぞ」
「はっ。ご安心ください。私は愛しい伴侶一筋でございます」
「ふっ。そうか、ならいい」
やはり、伴侶がいるのが決め手になったのだな。
アズールさまはこの世のものとも思えないほど可愛らしいという噂は耳に入っていた。
残念ながら、お披露目会の時には隣国に遣いに出ていてお顔を拝見できなかった。
だから、今日がアズールさまとの初対面になるのだ。
アズールさまのお顔を拝見した先輩騎士には、気合を入れていけ! とキツく言われている。
最初が肝心だ!
決して表情に出したりしないように、気をつけないとな。
緊張を必死に隠し、アズールさまの部屋に向かうと、真っ白な長い耳をピコピコと揺らしながら、ルーディーさまと再会を喜び合う姿が目に飛び込んできた。
これほどまでとは……。
ああ、皆が言うのがようやくわかった気がした。
そして、ルーディー王子がこれほどまでに溺愛なさる理由も全て。
ルーディー王子がアズールさまの専属護衛に私が決まったと紹介してくださった。
何か困ったことがあれば呼ぶようにと私の名前もお教えくださったが、
「まくち、みい、あん?」
と可愛らしい声が返ってきた。
それだけで身体が震えてしまうほど愛らしいのに、マックスと愛称で呼んでほしいというと、
「まっくちゅ?」
とさらに可愛らしい声が返ってきた。
ああ、この感動を誰か共有してくれないか?
こんなにも可愛らしく名前を呼ばれて、鼻血を出さなかった私を褒めてほしいくらいだ。
このまま少し外出なさるというお二人と一緒に早速護衛の仕事が巡ってきた。
この国で誰よりも強いルーディー王子が抱きかかえていれば、アズールさまの心配はいらない。
私は周りに注意を向けるだけだ。
最初はお二人の後ろから警護していたが、前から来るものたちへ細心の注意を払おうとお二人の前にいき、威嚇の視線をぶつけると前から来ていたものたちはすぐに退散していった。
それは問題なかったのだが、ここで突然
「まっくちゅ、ちっぽ、まんまるー、あじゅーる、おちょろい」
とアズールさまが私の尻尾を見て、そんなことを言い出した。
確かに熊族の尻尾はまんまるだ。
というか、ウサギ族が丸い尻尾だと今知ったのだが、まさかお揃いと言われるとは思わなかった。
しかも、かなり興味を持ってくださったようで、
「まっくちゅ、ちっぽ、あじゅーる、ちゃわれる?」
と言い出した。
ルーディー王子がその言葉の意味に気づき、少し大きな声をあげるとアズールさまは泣き出してしまった。
その姿すら可愛いのだから、困ってしまうほどだ。
ルーディー王子が尻尾には触れてはいけないと話すとどうやら納得してくださったようだ。
普通の一歳より格段に賢いようだと聞いていたが、本当にそれは噂だけではなかったらしい。
流石に伴侶がいるとはいえ、あれほどまでに可愛いらしい子に尻尾に触られてたら、制御できる自信がない。
なんといっても、王子たちの大きな尻尾とは違い、私の尻尾は短い分、刺激がダイレクトに身体に伝わってくるのだ。
きっとアズールさまも同じだろう。
「あじゅーる、まっくちゅ、ちっぽ、ちゃわらにゃい」
そうキッパリと言われるとそれはそれでなんとなく気恥ずかしいものがあるが、とりあえず触れられなくてよかったと思うことにしよう。
だが、その可愛い言葉だけでほんの少し昂ってしまっている。
今日も帰ったらヴェルナーと愛の時間を過ごすことにしよう。
それにしてもルーディー王子……あんなにも可愛い伴侶、しかも運命の番がそばにいて手を出さないなんて……鋼の精神力の持ち主だな。
本当に尊敬しかない。