この責任は……
<sideパウル(ホフマン侯爵家次男)>
ここに集まった人が、僕と同じ思いを持っていると思ったんだ。
そして、国王陛下でも本心はアズールさまのために誰か異議を唱える者を探していると思ったんだ。
でも……僕が大声を出した瞬間、大広間中にいた人全員の敵意に満ちた視線に襲われた。
これほどたくさんの人に敵意を持った目で睨まれて、自分が思っていた展開と違いすぎてどうしていいかわからなくなった。
「えっ、あ、あの……僕、そんな……」
そんなつもりじゃなかった。
てっきりよくぞ言ってくれたと、英雄になれるとばかり思っていた。
それなのに……。
とんでもない視線の強さに、立っていられないほど足がガクガク震える。
あまりにも怖すぎて漏らしてしまいそうなほどだ。
今更ながら自分がしでかしたことがとんでもないことだと思い知らされる。
それくらい、恐怖を感じた。
どうしよう……っ、どうしたらいいんだろう……っ。
パニックになってわぁーーっ! と大声を出してしまいそうになった時、
「パウルっ!! お前は一体何をやっているんだっ!!」
と僕が叫んだよりもずっとずっと大きな父上の声を浴びせられた。
その瞬間、
「ふぇぇーーーっん!」
と父上の怒声を打ち消すほどの威力のある可愛い泣き声が大広間中に響き渡った。
その声にまた静まり返り、僕に向いていた視線は一気に正面に向けられた。
僕もそれに倣うように正面を向くと、ルーディー王子が立ち上がり、泣いているアズールさまをあやしているように見える。
アズールさまの姿はあのブランケットに隠されているが、王子との声だけは聞こえる。
「ふぇぇーん、こあかっちゃー」
「ああ、よしよし。もう大丈夫だぞ」
「るー、ちゅっちゅちてー」
「わかった。ほら、ちゅー」
「ふしゃふしゃぁー、もふもふぅー」
「ああ、ふさふさのもふもふだぞー」
「ちもちぃー」
蕩けるような王子の甘い声と、幸せそうなアズールさまの声が聞こえる。
そして、そのまま王子の大きくて立派な尻尾に巻きつかれながら、眠ってしまったようだ。
アズールさまは、大人でも怖がるような王子の毛むくじゃらの顔ですら、嬉しそうに撫でているように聞こえた。
しかも、自分から指を差し出し舐めてもらうなんて……。
あんなの本気で好きじゃないとできるわけがない。
僕は、この二人のどこが不幸だと思ったのだろう。
異議を唱えることなんて何一つなかったのに……。
僕はただ、アズールさまの可愛い姿に見惚れて、自分のものにしたい一心で叫んだだけだったんだ。
ほんのわずかな間でも許嫁だったのだとそんなバカな話を間に受けて。
自分のものになんてできるわけもないのに。
こんな大事なお披露目の会で国王陛下の話を遮って異議を唱えるなんて……絶対にしてはいけないことだったのに……。
今更気づくなんて……愚か者だ。
自分がしでかしてしまった罪は償いたい。
でも、どうしたらいいんだろう……。
<sideルーディー>
やはりというか、なんというか、やはりしでかしたのはあのホフマン侯爵家パウル。
私にあれほどの敵対心を向けていたからな。
まだ子どもだからと思っていたが、いや子どもだからこそ、何も考えずに異議を唱えてしまったのだろうか。
父親が息子に怒声を浴びせている。
まぁ無理もないが、パウルがあんなことを言い出したのはあの父親の影響もあるのではないか?
そう思ったのは私だけでなかったようだ。
父上はすぐにあの父親のことを調べるように言っていた。
すぐにパウルがあんなことを言い出した理由がわかるだろう。
さて、どうしてやろうかと思っていると、私の腕の中にいるアズールが大声をあげて泣き始めた。
きっと眠かったのを邪魔されてぐずってしまったのだろうな。
こうなると立ち上がってあやさなければなかなか寝付かない。
いつものように声をかけながら、アズールの指を舐め、アズールの好きな私の尻尾で身体中を包みながら、背中をトントンと叩いてやると、アズールはすぐにスゥスゥと可愛らしい寝息を立て始めた。
ああ、本当に天使の寝顔だな。
いや、アズールの場合は起きている時も天使なのだが。
そんなアズールの寝顔に、つい頬が緩んでいると
「ホフマン侯爵、並びに子息のパウル。このルーディーとアズールの姿を見ても、この二人が婚約することに異議を唱えると申すのか?」
と父上の冷静ながらも厳しい声が、彼らにかけられた。
「い、いえ。そのようなことはございません」
「だが、ホフマン侯爵。其方はアズールがルーディーの許嫁になったことに憤りを感じていたという話があるが、それはどういうことだ?」
もう調べがついたのか。
流石に早いな。
「――っ!! あ、あの……そ、それは……」
「『神の御意志』の許嫁はウサギ族だというのは、誰もが知っていることだが、其方はそのことにも異議を唱えるつもりだったということか?」
「い、いえ。そのようなことは決して! も、もしアズールさまが、ウサギ族でなければ、私の息子の許嫁にと公爵さまにお話ししておりましたので、その話が流れてしまったのがショックだったというだけで……決して、王子さまから奪い取ろうなどと不届きなことは考えてもおりませんでした」
「ならば、息子が勝手にしでかしたと申すか?」
「は、はい。その通りでございます。で、ですが、息子はまだ子どもでございます。その子どもに免じて何卒お許しくださいますようお願い申し上げます」
「ふむ。なるほど。わかった」
「まことでございますか? ありがとうございます」
「ああ。子どもは許そう。その代わり、其方にはしっかりと罰を受けてもらうとしよう」
「えっ……そんなっ!」
「連れて行けっ!」
父上の声に、護衛の騎士たちが急いでホフマン侯爵を大広間の外に連れ出して行った。