異議あり!
<sideルーディー>
可愛いアズールにキスをしてもらった上に、私の毛むくじゃらの頬を好きだと言ってくれるなんて……。
アズールはどれほど私を喜ばせるのだろう。
ああ、もう本当に可愛くてたまらない。
私がこんなにもアズールの行動や言葉で身悶えてしまうほど喜んでいることに、アズールはまだ理解はできていないだろうな。
まだそれでもいい。
私のそばにいて、私を好きだと言ってくれるのなら。
「るー、こりぇー」
「んっ? ブランケットがどうした?」
「いいにおいちゅるの。こりぇー、ちゅきぃ」
「あ――っ!! それは……っ」
トロンとした目で嬉しそうにブランケットに巻き付くアズールを見て、それが私がずっと使っていたものだということに気付いた。
爺がわからないわけがない。
わざとこのブランケットを私の部屋から持ってきたのだ。
狼族は生涯一人の人を愛し続けるのと同様に、気に入ったものをずっと使い続ける。
このブランケットは、私が幼少の時に気に入って使っていたもの。
匂いが変わるのが落ち着かなくて、ほとんど洗濯もしていないはず。
だから、このブランケットには私の匂いがたっぷりと染み込んでいるのだ。
そのブランケットにアズールがこんなにも嬉しそうに巻き付くなんて……。
こんなに嬉しいことはない。
「アズール、このブランケットがそんなに気に入ったか?」
「こりぇ、らいちゅき!!」
「ふふっ。そうか、それならアズールにやろう」
「えっ? ほんちょに?」
「ああ。もうアズールのものだ。大好きだから嬉しいだろう?」
「うーん、れも、いちばんらいちゅきは、るー、らよ」
「くっ――!!」
まさかそんな返しが来ようとは……。
ああ、本当にアズールは私をどうしたいのだろう。
そんなアズールの可愛さに悶絶している私を横目にアズールは、
「るーっ、あじゅーるの、おてて、ちゅっちゅちて」
と可愛らしい手を差し出してきた。
「アズール、眠くなったのか?」
「んー、ちょっちょ、らけ」
アズールは眠くなると、私に指を舐めてもらうのが好きなようで、それをしてやるとあっという間に寝てしまうのだ。
だが、今寝かすのはタイミング的にあまり良くはないのだが……一歳になったとはいえ、アズールはまだまだ赤子。
睡眠を奪うのは良くないか。
「少しだけだぞ」
「んー、ちゅこち、らけ」
「わかった」
アズールの指を私の口にいれ、ちゅっと吸い付いた瞬間、
「ちょっと待ったぁーーっ!!! 異議ありっ!!!」
という大きな声が大広間中に響き渡った。
<sideパウル(ホフマン侯爵家次男)>
ルーディー王子とアズールさまが席に着かれてから、私のいる場所からはほんのわずかな姿しか見えなくなった。
あろうことか、はっきりと見えるのは王子の毛むくじゃらの顔だけ。
アズールさまの小さな身体は、どこからやってきたのかわからない古臭いブランケットに包まれてしまい、ほとんど確認ができない。
ああ、もう少し身長が高ければアズールさまの姿をもっと見ていられたというのに。
それにしてもルーディー王子のお顔をこんなにしっかりと拝見できたのは、ほぼ初めてだけれど、本当に顔中毛に覆われていて、獣そのものだ。
『神の御意志』なんて言っているが、結局のところはただの獣に過ぎないじゃないか。
口だって大きすぎるし、いつ理性を失ってあの鋭い牙でアズールさまを傷つけるかもしれないのに。
いくら王子とはいえ、そんな危険と隣り合わせのような者をアズールさまのそばにいさせるなんて…‥ヴォルフ公爵さまも国王陛下ももっと考えるべきなんだ!
やっぱりあのままアズールさまの許嫁は僕のままで良かったのに。
ウサギ族に生まれてしまったがために、あんな恐怖と闘いながらこれからの人生を過ごすことになってしまったアズールさまが可哀想で仕方がない。
僕だったら、アズールさまをいつも笑顔でいっぱいにして、怖がらせたりなんかしないのに!!
「パウル、何を興奮しているんだ! こんなところで尻尾を振り回すなどみっともない!」
「父上! 僕、やっぱり父上の仰ることが正しいと思います」
「なんだ? どうした、いきなり。なんの話だ?」
「アズールさまの許嫁のお話です」
「――っ!! な、何を言っているんだ! あれはただの愚痴だ! あれを本気にしてどうする!」
「ですが、僕……アズールさまと王子を見ていたらやっぱり……」
「ダメだ! パウル、口にしてはいけない! ほら、国王陛下のご挨拶が始まる。私語を慎め!」
「――っ!!」
あんなにも僕に文句を言っていたくせに、急に父上は何も言わなくなった。
まさか、父上がこんなにも腰抜けだったなんて思わなかった。
でも僕は違う! 腰抜けなんかじゃない!
僕は絶対にアズールさまを守るんだ!
僕がそう誓っていると、国王陛下の挨拶が始まり、大広間中がしんと静寂に包まれた。
「我が王家とも縁の深いヴォルフ公爵家次男・アズールの誕生祝いに集まってくれて、嬉しく思っている。皆もわかっていると思うが、我が王家の嫡男・ルーディーは『神の御意志』として誕生し、そして、アズールはこのルーディーの許嫁としてこの世に生を受けた。そして一歳の誕生日を迎えた今日、ルーディーとアズールが正式に婚約者となるのだ。皆には二人の婚約の証人として、立ち会ってほしい。もし、この二人の婚約に異議を唱える者がいるなら、今その場で名乗り出るが良い」
そうか!
やっぱり国王陛下も本当はアズールさまを王子の相手にはしたくないんだ!
なら、僕がその役目を引き受けよう!
なんと言っても僕はアズールさまの本当の婚約者なのだから!!!
僕はできうる限りの声を出して叫んだ。
「ちょっと待ったぁーーっ!!! 異議ありっ!!!」
その瞬間、大広間はとてつもないほどの静寂に包まれた。