運命のつがい
<sideクローヴィス>
「ルーディー、ルーディーっ!」
城内で大声を出したり廊下を走ったりしてはいけないといつも厳しく躾けている私が、いくら息子の部屋とはいえ、ノックもせずに駆け込むなど、本来ならあってはならないことだ。
だが、今日だけは許してほしい。
それくらい、私にも、そして息子にも大事件が起こったのだから。
「ち、父上、そんなに慌ててどうなさったのですか?」
いつもとは違う私の慌てた様子に、ルーディーはかなり驚いた様子で耳をピンと張り、尻尾をゆさゆさと揺らしていた。
「はぁっ、はぁっ。喜べ、ルーディー! お前の許嫁が決まったぞ」
「えっ、本当ですか?? じゃあ、どこかにウサ耳の子が?」
「ああ、そうだ。あのヴォルフ公爵家にウサ耳を持つ赤子が生まれたと連絡が入ったのだよ。あの家なら申し分ない。本当に良かったな」
「はいっ! あっ、でも……」
ルーディーは最初こそ満面の笑みを見せてくれたが、急に悲しげな顔になり耳も垂れ項垂れた。
いつも自信に満ち溢れたルーディーらしくない。
一体、どうしたというのだろう?
「どうした? ルーディー、嬉しくないのか?」
「それはっ! 嬉しいですっ!! ですが……私の許嫁など、その子は嫌がるのではありませんか?」
「はぁ? そんなことはないだろう! お前はこの国の次期国王。この国を背負って立つのだぞ。それを嫌がる者などいるものか! ルーディー、何を言っているんだ?」
「いえ、絶対に嫌がるはずです。だって……」
ルーディーは悲しげな表情のまま、ちらりと鏡に目をやった。
「――っ!」
ああ、なるほど。そういうことか……。
私の名はクローヴィス・フォン・ヴンダーシューン。
数千年の歴史をもつ由緒正しきヴンダーシューン王国の国王であり、ふさふさの黒い狼耳と尻尾を持つ。
我が王家とそれに準ずる血筋を持つヴォルフ公爵家では多少の色は異なるが、同じふさふさの狼耳と尻尾を持って生まれるのが通例となっている。
だが、我が王家では数代に一人、狼本来の容貌を持つ獣人……通称『神の御意志』と呼ばれる王子が生まれる。
その王子は知力、体力に優れ、剣術や柔術にも秀でた才能を持つ、素晴らしい神の力を与えられた選ばれし王子なのだ。
全身をふさふさの狼耳と尻尾と同じ色の毛に覆われ、鋭い歯こそまだ生えてはいなかったものの、大きな口と長い舌を持ち、生まれたてのルーディーの姿を見れば、それこそ狼そのものの姿であった。
まさか自分の息子がその選ばれし王子だと夢にも思っていなかったが、生まれてすぐに医師にその事実を知らされた時は飛び上がるほど嬉しかった。
見慣れぬ姿であっても我が子であれば可愛いと思うもの。
幸いなことに身体や手足の毛は成長するにつれだいぶ薄くなり、触れるとふさふさとした柔らかな感触はある程度だった。
しかし、首から上だけは成長とともにますます狼になっていった。
『神の御意志』という選ばれた王子だけあって、ルーディーは六歳の頃にはこの国の政について、意見することもできた。
子どもの手でも使いやすい短剣を手にすれば、この国で一番の剣の使い手と言われていた騎士団長でさえも追い詰めることもできた。
それくらい破格の能力を持っている、私としてはどこに出しても恥ずかしくない素晴らしい息子だ。
ルーディーも幼い時から自分の与えられた能力を理解し、自分の力がこの国のためになるのならと自ら進んで動いてくれている。
そんな自信に満ち溢れたルーディーだが、生まれたばかりのウサ耳の許嫁に怖がられるのが心配だとは……。
ルーディーにもそんなところがあったのだな。
しかし、なぜウサ耳で生まれた子がルーディーの許嫁と決まっているのか……
それも『神の御意志』として代々受け継がれてきたものだ。
王家にルーディーのような狼本来の姿を持つ王子が生まれた場合、必ず番となる子が生まれるとされ、それは獣人の強い性欲を受け止めることのできるウサギであるとされているのだ。
現にこの国中を探してもウサ耳を持つものはどこにも存在しない。
この子はたった一人、ルーディーの番となるべく生まれたというわけだ。
しかも今回はそのウサ耳を持つ者が王家の血筋を引くヴォルフ公爵家の人間だとは……。
ルーディーもいい相手に恵まれたものだ。
ルーディーが生まれてから十年。
待ち焦がれたウサ耳の許嫁の誕生に大喜びしてくれると思っていたのに、運命の相手を怖がらせるかもしれないと不安になるとは……。
さて、どうしたものか……。
< sideルーディー>
「ルーディー……お前はその顔のことを心配しているのか?」
「だって、ウサ耳で生まれたがために獣人である私と結婚させられるのですよ? ヴォルフ公爵家に生まれたのなら、一生幸せな人生が約束されているというのに……とんだハズレくじでしょう?」
自虐的になって笑みを浮かべると、父上は真剣な表情で私を見つめた。
「ルーディー、ちょっとここに座りなさい」
怒ったような口調でそう言われて、私は少し怯えながらソファーに腰を下ろした。
「ルーディー、お前が私たちと違う容貌で生まれたのは、神の御意志なのだと話をしただろう?」
「はい。それはわかっています。でも……」
ちらっと横を向くと、鏡に映った自分の姿が見える。
フサフサとした狼の耳と尻尾を持つ凛々しい父上と違って、顔中がフサフサの毛に覆われた原始的な狼の姿。
しかも大きな口には鋭い牙もある。
決して怪我をさせたりはしないが、初めて見る者はきっと怖がるはずだ。
自分が今までこの容貌、獣人として生まれたことについて引け目を感じたことはない。
神に選ばれてこの国のためになるならと生きてきたのだから。
でも、許嫁ができたと聞いて一気に不安になった。
その子に嫌われたら私は生きていけないかもしれない。
それならばいっそのこと会わないほうがいいんじゃないかとさえ思ってしまう。
「父上、私は怖いのです……もし、その子に怖がられたらと思うと……もう、一生立ち直れない。こんな不安な気持ちになるのは初めてです」
「ルーディー。お前の気持ちは痛いほどわかる。それは我々にある狼としての習性だ」
「狼の、習性ですか?」
「ああ。狼は一生に一人。運命の相手だけを愛し続けるのだよ。そして、それは我々も同じだ。だから、お前がその子に対して不安になってしまうのは、お前の心も身体もその子を運命だと認めているからなのだよ」
「運命なら、なおさらその子に嫌われるのが怖いです……」
「大丈夫だ。確かに最初は怖がるかもしれない。見慣れない姿なのだからな。だが、お前が優しく愛情を注いでいけば必ず相手にもお前の気持ちは通じるはずだ。それが運命の相手というものだよ。ルーディー、しっかりしろ!」
バシッと背中を叩かれて、一気に目覚めた気がした。
「わかりました、父上! 私、絶対にその子に私を好きになってもらいます!!」
「ああ、大いに頑張ってくれ! ああ、言い忘れていたが正式な番となるのは十八年後だぞ」
「え――っ! そ、れは……っ」
「当たり前だろう! その子は今日生まれたばかりなのだぞ。せいぜいヴォルフ公爵家に通って会いに行くのだな。ああ、それから……可愛いウサ耳の君は、真っ白な男の子だそうだ」
「えっ! お、とこ……ですか?」
「ああ。何も問題はなかろう? ウサギ相手であれば、どちらでも孕ませることができるのだからな」
確かにそうなのだが、女の子だと思い込んでいた。
私の許嫁……真っ白なウサ耳の男の子。
一体どんな子だろう……。




