一番最初に
<sideヴィルヘルム(ヴォルフ公爵)>
「明日でとうとうアズールも一歳か……」
「早いですわね。アズールを初めて腕に抱いたのは、ついこの間のようなのに……」
「本当にな。アリーシャ、この一年アズールをよく育ててくれた。おかげであんなにも賢く可愛らしい子に育ってくれた」
「あなた……」
「本当に感謝しているんだよ、アリーシャ」
アズールがウサギ族だったとわかっても、クレイと変わらぬ愛情を与えてくれた。
生まれたばかりの頃、小さくか細いアズールの成長に不安の色を隠せなかった。
それでもアリーシャはいつでもアズールに笑顔を見せてくれていた。
そんなアリーシャに大丈夫だと強い言葉を言い聞かせながら、私もアズールが生まれてすぐは心の内は不安だった。
生まれながらに獣人である王子の許嫁と決まっていて、その王子の子を産むと決められた人生の中で、もし、アズールが大きくならなかったら?
病気にでもなったらこの国は、いや、この世界はどうなってしまうのか?
アズールの小さな身体にこの国や世界の未来が重くのしかかっているようで、アズールの運命を可哀想とさえ思ってしまったこともあった。
そんな時、アリーシャの笑顔がどれほど心強かったことか……。
アリーシャがいつも笑っていてくれるから、国も世界も考えず、ただアズールのことだけを愛していよう。
そう思えるようになったのだ。
それに、獣人であるルーディー王子が、必死に本能に抗いながらアズールを可愛がってくれる姿も私には安心であった。
正直、王子とはいえ獣人に可愛い息子を嫁に出さなければいけないことに不安があった。
アズールが大きくなるまでは、いや、せめてルーディー王子が成人を迎え、自身の欲望を抑えることができるようになってからアズールと引き合わせたいと思ったくらいだ。
だが、獣人である王子の運命の番として誕生したアズールの近くに、王子がいてもらわなければアズールの成長に大きく関わると言われてしまえば、反対もできない。
不安でたまらなかったものの会わせるしかなかったのだ。
しかし、今までの獣人たちとは違い、王子は可愛いアズールにこの上ない愛情を注いでくれる。
自分を律し、決して本能のままに動くことはない。
それがわかったから私は安心して王子にアズールを任せることができたのだ。
本当にアズールの相手が王子で良かった。今は心からそう思う。
「さっき、城からアズールのお披露目会の衣装が届いていたが、中身は見てみたのか?」
「いいえ。添えられていた手紙に、王子が明日到着するまでは開けないようにと書かれてございました」
「そうか……一体、どんな衣装をお仕立てくださったのか楽しみだな」
「ええ。でも、きっと可愛らしくしてくださるはずですわ。王子にそれだけをお願いしましたの」
「ふっ。そうだったな。ならば大丈夫だ。王子は何よりもアズールを大切に思ってくださっているのだからな」
<sideアズール>
まだ外は明るいけれど、目が覚めちゃったな。
だって、今日は楽しみにしていた僕の一歳の誕生日。
僕が無事に一歳になりましたってことと、正式にルーの許嫁になったってことをみんなに知らせるために、たくさんの人が集まってくれるんだって。
すごいよね?
誰からも誕生日のお祝いをしてもらえなかった僕の誕生日祝いをたくさんの人がしてくれるんだよ!
そりゃあ、嬉しすぎて目も覚めちゃうよね。
それにルーがずっと言ってた。
――アズールのための衣装が出来上がったから、お披露目会は楽しみにしていてくれ。
何度も何度も嬉しそうに言ってた。
ルーみたいな服が着たいと言ってから数ヶ月。
とうとう僕もかっこいい王子さまみたいになれるんだ!!
ウキウキワクワクしながら、僕のベッドのそばに置かれたベルを押すと、すぐにベンがやってきてくれた。
「アズールさま。もうお目覚めになられたのですか? もう少しお眠りになった方が――」
「やぁーっ、おきるぅーっ!!」
わがままを言ってしまったけど、今日くらいは許してもらえるよね?
以前の僕なら言えなかったわがままも言えるようになったのは、この一年でたっぷりと愛されていると感じられたからだ。
「ふふっ。それではお外を散歩でもいたしましょうか?」
「おちょと、いくぅーっ!!」
ベンはすぐに僕を抱っこしてくれて、夜が明けたばかりの庭に連れて行ってくれた。
「ちゅぢゅちぃー」
「ふふっ。そうですね。まだ太陽も目覚めたばかりですからね」
「べん……あじゅーる、おもくない?」
「アズールさまはお軽いですよ。ご心配くださったのですか?」
だって、ベンはお父さまよりもずっとずっと年上だもん。
眠くないからって散歩に連れてきてもらったけど、ちょっと心配になってきちゃった。
「大丈夫でございますよ。もうすぐ抱っこしてくださる方が来られますから」
「んっ? だれぇー? あっ!」
僕の耳がフルフルと揺れて、大好きな音が近づいてくるのがわかる。
「るーっ!!」
「アズールっ!!」
途轍もない速さで駆け寄ってきたルーが僕をさっと腕に抱き締める。
「ベン、ありがとう」
「いいえ。それでは私は失礼いたします」
もしかして、ベンがルーを呼んでくれたの?
「アズール、一歳のお誕生日おめでとう!」
「るーっ!! うれちぃーっ! ありあとー!!」
「ふふっ。一番先におめでとうが言いたくて、ベンに頼んでいたんだ。アズールが起きたらすぐに連絡して欲しいって。だから飛んできたんだよ。アズールの一歳を一番最初に祝えて嬉しいよ」
「るーっ! あじゅーるも、うれちぃ」
「ふふっ。さぁ、今日の衣装を見せよう」
「わぁーっ!! いくっ、いくっ!!」
あまりの嬉しさに思わず手足をばたつかせてしまう僕をものともせず、ルーは僕をいつも二人で過ごす僕たちの部屋に連れて行ってくれた。