アズールとの攻防
<sideルーディー>
「それでは王子。アズールをよろしくお願いしますね」
公爵夫人と共にやってきたヴォルフ公爵は笑顔でそう言ってくれたが、目の奥は真剣そのものだ。
アズールの願いを叶えてやるために泊まりを許してくれたものの、きっと不安でたまらないのだ。
いや、気持ちは存分にわかる。
わかるからこそ、私は必死にそれを守らねばならない。
「任せてくれ」
他の言葉はいらない。
これだけ伝えればきっと私の決意もわかってくれるはずだ。
「何かありましたらベンをお呼びください」
そう言って、二人は我々の部屋から出ていった。
私の腕の中にいるアズールは、風呂上がりのせいかいつもよりもほかほかと暖かい。
それが余計に可愛らしさを増している。
「くっ――!」
初っ端からこれでどうする!
もっと気合いを入れろ!!
自分自身に言い聞かせながらも、アズールを決して怖がらせぬよう優しい声をかけた。
「アズール。じゃあ、寝るとするか」
「うーっ……い、っちょ、ねんね?」
「――っ、あ、ああ。もちろんだ。約束しただろう?」
「ふふっ。うれちぃ……」
「ぐぅ――!!!」
私と寝ることをこんなにも喜んでくれるとは……なんたる幸せだろう。
「い、行こうか……」
アズールを抱っこして、寝室の扉を開く。
大きなベッドが目に入るだけでドキドキしてしまうが、頭の中で必死に父上の顔を思い出す。
今、私の腕の中にいるのは、父上だ。
あのいかつい身体をした父上だ。
そう必死に言い聞かせると、熱が引いていくのがわかる。
気持ち悪いが、効果はあるようだ。
「うーっ」
「あ、悪い。早く横になりたいよな」
可愛いアズールの声に引いていったドキドキがまたぶり返してくる
くそっ!
父上の効果が短すぎる。
「うーっ、もふもふぅー」
「あー、よしよし」
アズールをベッドに寝かし、その横に自分の身体を横たえる。
いつもとは違う角度のアズールの顔がみえることにドキドキしていると、アズールの手が私の顔を撫でていく。
その柔らかな手の感触が心地よくてたまらない。
「ふふっ。もふもふーっ、ちゅきぃー」
「くぅ――!!」
ああ、可愛すぎてどうしていいかわからない。
それなのに、アズールはさらに
「うーっ、ふしゃふしゃ」
と可愛らしい声をあげながら、見つめてくる。
「ふしゃふしゃ? アズール、それはなんだ?」
「ふしゃふしゃっ!」
そう言ったかと思ったら、突然アズールの手が私の尻尾を撫でた。
「――っ!!!!」
掴んではいけないと教えておいて本当に良かったとかしか言いようがない。
そんな私の様子も知らずに、アズールは嬉しそうに尻尾を撫で続けている。
「ふふっ、ふしゃふしゃー、ちゅきぃー」
そうか、ふしゃふしゃとはおそらくふさふさ、尻尾のことを言っていたのだな。
それがわかったのはいいが、激しく動いていた尻尾をアズールに撫でられて、必死に動きを止めている分、緊張が止まらない。
くそっ!!
父上を思い浮かべても熱が引きそうにない。
ならば、誰にする?
ああ、やむを得ない。
公爵だ。
私の隣に横たわっているのはヴォルフ公爵だ。
「うーっ、ちゅきぃ」
「くぅ――!」
こう言ってくれているのも公爵だ…………
いや、それはちょっと……流石に気持ちが悪い。
違うものを吐き出してしまいそうになるからやめておいた方が賢明か。
公爵のあのさっきの真剣な目を思い出す。
私は信用されてアズールを預けられたのだ。
それを決して裏切ってはいけない。
そうだ!
獣人の誇りにかけて私はこの夜を絶対に乗り切ってみせる。
「うーっ!」
「どうした、アズール?」
アズールの手から尻尾が離れ、私の手を握ってきた。
ようやく尻尾から興味が離れたかと思っていると、私の手を必死に持ち上げようとしてくる。
尻尾への刺激がなくなった喜びから何も考えずに意気揚々とアズールがしようとしているように、手を持ち上げてみるとアズールの両手が私の指を掴み、パクリと口に含んだ。
え――っ!
一瞬何が何だかわからなくなっていたが、ちゅーちゅーと吸われる刺激でようやく気づいた。
もしかしたらアズールは寝る前にミルクを飲ませてもらっているのかもしれない。
喉が渇いたというよりは寝る前の精神安定のようなものだろう。
おそらく、この指舐めはそれの代わりだ。
もうこうなったらどんなに気持ちが悪くても想像で耐え抜くしかない。
今、私の手を舐めているのは公爵だ!
美味しそうに舐めているのは公爵だ!
気持ち悪さに吐きそうになりながらも目を瞑り、何度も何度も頭の中で繰り返し唱えているうちに、手の刺激がなくなった。
そっと目を開けてみると、アズールが可愛く口を開けたまま、スウスウと可愛らしく寝ているのが見えた。
ああ、ようやく寝てくれたか……。
ホッと胸を撫で下ろし、アズールの手からそっと自分の手を引き抜くと、アズールの涎でベタベタになった手を自分の舌でべろっと舐めとった。
ふふっ。甘くて美味しいな。
だが、アズールの服を汚してもいけない。
手を洗いに行こうかとそっとアズールから離れようとするが、ほんの少し離れようとしただけで
「ふぇっ、ふぇっ」
と小さな鳴き声が聞こえる。
もうしばらく熟睡するまで待つしかないか。
何度も何度もその攻防を繰り返し、ようやくアズールから離れられたのはそれから二時間以上が経っていた。
手を洗い、アズールの元に戻ると、アズールがまた私の指を舐めてくる。
夜の間中それを繰り返し、なんとか私はそれを乗り切って、アズールを熟睡させることに成功した。
朝の約束の時間に、ふらふらになりながらアズールを公爵夫人に無事に渡し、必死に辿り着いた城の自室で死んだように丸一日眠り続けたのはいうまでもない。