アズールの衣装を仕立てるには
<sideルーディー>
まさか、アズールが私と揃いの服がいいと言ってくれるなんて思いもしなかった。
だが、そういえば、いつもアズールは私が抱っこをするたびに私の服の裾を握っていたな。
目の前のものを握りたくなるのは赤子の習性のようなものだと思っていたが、もしかして私の服を気に入ってくれていたのではないか?
そう思うと、途轍もない幸せが湧き上がってくる。
公爵夫人からの要望はただ一つ。
アズールを思いっきり可愛らしくすることだけ。
ならば、私の服にそっくりに仕立てて、尚且つ徹底的に可愛らしく仕上げてやろう。
ああ、これで大体の形が決まった。
これから忙しくなるな。
「アズール! お前の意見はしっかりと聞き入れた。アズールが望むように私と揃いの服を仕立てよう。楽しみにしているのだぞ」
アズールを抱きしめながら、そう言ってやるとアズールは嬉しそうに手足をばたつかせて
「だぁっ! だぁっ!」
と可愛らしい声をあげていた。
一歳のお披露目まであと五ヶ月。
しっかりと間に合わせなくてはな。
「爺っ! 爺っ!」
城に戻った私は急いで爺を呼び出した。
「アズールさまに何かございましたか?」
公爵邸から城に戻った後はいつも爺と話をしているからか、爺はもう呼ばれただけでアズールの話だとわかってくれているようだ。
話が早くてありがたい。
「爺が教えてくれたから、今日早速ヴォルフ公爵と話をしてきた」
「それで公爵さまはなんと?」
「私にお披露目の衣装は一任すると言ってくれたぞ」
「おおっ! それはようございました」
「ああ。爺のおかげだ。それから、お披露目の衣装に関して公爵夫人から一つだけ要望があったが、アズールを思いっきり可愛らしくすることだったから、それは問題ない」
「そうでございますね。ルーディーさまがお仕立てになるのなら、アズールさまの可愛らしさをさらに引き立たせるような御衣装になさいますからね」
「さすが、爺。よくわかっているな」
私以上に喜んでくれている爺の姿に嬉しくなる。
こうなったら、公爵家や王家の威信をかけて、私の大切なアズールの大事な節目の日を大々的に祝うとしよう。
「ところでその大事な衣装についてなのだが、アズールが私に希望を出してくれたのだ」
「えっ? アズールさま自らご希望をお出しになったのですか?」
「ああ。アズールは私が今、着ているような衣装が好きらしい。お揃いで着たいと言ってくれたのだぞ。どうだ、すごいだろう?」
「まさか……ご自分の一歳のお披露目の御衣装に自ら希望を出されるとは……本当に賢くていらっしゃるのですね」
「ああ。これでよくわかったろう? アズールは本当に賢いんだ」
「ならば、ルーディーさま! アズールさまに喜んでいただけるよう、ここはしっかりとお決めにならなければ!」
「わかっている。それでだ、ヴンダーシューン王国一の素晴らしい仕立て屋を呼びたいのだが、爺……どの仕立て屋に頼むのがいい?」
「この国一番の仕立て屋なら、マティアス殿しかおりませぬ。ルーディーさまの一歳のお披露目の御衣装もマティアス殿にお任せ致しましたし、成人の折にもお願いする予定でおります。節目ごとの大事なお仕立てにはマティアス殿以外おりませぬ」
「そうか、爺がそこまでいうならマティアスにお願いするとしよう。できるだけ早くきてもらえるように連絡をしておいてくれ」
「承知いたしました」
爺が部屋を出ていくのを見送りながら、私は今日のアズールの可愛らしい姿を思い出していた。
ふわふわのアズールの小さな尻尾。
そして、私の目の前で可愛らしく揺れる小さな尻。
ああ、本当に可愛らしい。
あの至福のひととき……最高だな。
また明日会いにいくのが待ち遠しくて仕方がない。
<sideフィデリオ(爺)>
「陛下。わざとルーディーさまにお披露目会の御衣装の話をお伝えにならなかったのですか?」
「い、いや。そうではない。話すタイミングを逃していたというか……」
「お隠しになってもこの私にはわかっておりますぞ。可愛らしいと評判のアズールさまにご自分の選んだ御衣装を身につけさせたくなられたのでしょう?」
「――っ、どうしてわかったのだ?」
「陛下もルーディーさまもそっくりな性格をしておいでですから。ルーディーさまがあれほどまでにご執着になるのはアズールさまが運命の相手だというだけではございませんでしょう? ウサギ族のお方には誰もが心を奪われると申しますし、しかもアズールさまはウサギ族の中でも特別なお方なのでしょう?」
「ああ、そうなのだよ! 今まで王家に生まれた、ルーディーと同じ『神の御意志』の相手となるウサギ族は皆、耳も尻尾も茶色や黒色をしていたが、ルーディーの相手であるアズールは真っ白だというではないか。真っ白なウサギはウサギ族の中でも最高峰の美貌を持っていると伝えられているのだ。だが、一歳までは家族と、そして運命の番しか顔を見ることができない。ルーディーからアズールの話を聞くたびに羨ましいと思ってしまうのだ。だから、せめてアズールの衣装だけでも私の選んだものを身につけてくれればこの思いも晴れるかと……」
「陛下のお気持ちはよくわかりますが、もし、何も仰らずに当日を迎えていたら、ルーディーさまが冷静でおられるわけがございません。なんせ、運命の番がお召しになる衣装なのですよ。それをルーディーさま以外の者が用意したとわかれば、ただで済まないことはお分かりでしょう?」
「――っ、た、確かに……」
私の言葉に陛下もようやく、自分がとんでもないことをしでかすところだったことに気づかれたようだ。
はぁーっ。
歴史あるヴンダーシューン王国の陛下ともあろうお方がこんなわかりきったことすらお気づきにならないとは……。
普段の陛下ならば、到底考えられないことだ。
ウサギ族のお方には狼族は弱いとはよく言ったものだな。
本当にルーディーさまにお声がけしておいて正解だった。
「ルーディーさまは本日、ヴォルフ公爵さまとお話になって、お披露目会の御衣装はルーディーさまがお決めになることで決定したようでございます。ですから陛下……」
「ああ、わかっている。もう邪魔などしない。だが、その代わりにこっそりとアズールの顔を見にいくというのはどうだろうな?」
「陛下っ!」
「――っ、じょ、冗談だ。ここまで待ったのだ。あと五ヶ月くらい我慢してみせるぞ。なんと言っても私はこの国の国王なのだからな」
冗談だと仰ってはいるが、これが本気であることは私がよくわかっている。
だからこそ、ルーディーさまにはしっかりとアズールさまを守っていて貰わなければ。
<sideルーディー>
「ルーディーさま。マティアス殿にアズールさまの御衣装を仕立てていただくには、アズールさまのおサイズが大事でございます。狼族のルーディーさまが一歳の頃とは格段にお小さいでしょうから、ルーディーさまのを参考にするわけにもいきませぬ。ですから、今のアズールさまのおサイズを測ってきていただく必要がございます。私やマティアス殿はアズールさまにお会いすることはできませんので。ルーディーさまにお願いしてもよろしゅうございますか?」
「ああ、確かにそれは必要だな」
普段の私の衣装を仕立てる際も、かなりの頻度で寸法を測っている。
それは狼族の成長が早いからだろうが、アズールはそんなに著しく変化はしていない。
身長も生まれた頃より十五cm大きくなったかどうかというくらいだろうか。
おそらく一歳になってもそれほど変わらないだろう。
せいぜい五cm大きくなるかどうかと言ったところだろうな。
ならば、今のサイズを測って、それに+五cmほどで仕立てさせればいいか。
「わかった。今からアズールに会いに行ってくるから、サイズを測っておこう」
「ルーディーさまが御衣装をお仕立てになる時に測っていただくところを全てお測り下さい」
「わかった。任せておけ」
そうして私は意気揚々と公爵邸に向かった。
「アズールっ!」
「うーっ!!」
「ああ、今日も私を待っていてくれたのだな。本当にアズールは可愛いな」
「うーっ! もふもふぅーっ!」
アズールを怖がらせるのではないかと不安に思っていたのはもうどこへ行ったのかもわからないほど、毎日会うたびに私の顔を嬉しそうに撫でてくる。
それどころか、私の大きな口や牙にも何も気にせずに触れようとする。
アズールを決して傷つけることはしないが、こんなにも怖がらずにいてくれると返って大丈夫だろうかと心配になってしまう。
運命の番がこんなにも喜んでくれているのだから、こんな心配などよそから見れば、ただの惚気にしか聞こえないかもしれないが。
「アズール、今日はお前のサイズを測らせてもらうぞ」
「うっ?」
「くっ――!」
私が何を言っているのかわからず聞き返す時のアズールの仕草にいつもやられてしまう。
ピンと張った耳を垂らして、コテンと首を傾げるだけでどうしてこんなにも可愛いのだろうな……。
「アズールのために衣装……洋服を作るのだ。そのためにアズールの大きさを測らせてくれ」
そういうと、アズールは理解してくれたのか
「だぁっ! だぁっ!」
と可愛らしく返事しながら、おとなしく私の膝に座ってくれた。
ああ、やっぱりアズールは賢いのだな。