紛れもない事実
<sideルーディー>
ヴォルフ公爵とクレイは『あお』の存在をすぐに信じてくれた。さすが、父親と兄だな。
アズールは、自分の中に別の存在があると知られたらおかしな子だと思われるなどと心配していたようだが、やはりそんなことは杞憂だった。アズールが話すことを嘘だと思うような家族では無いのだ。
『あお』の話を聞いて、まるで自分の子どものように涙する公爵を見ていると、アズールは本当に愛情深い家族の元にやってきたものだと安心する。
しかも、公爵は愛されるということを全く知らずに一生を終えた『あお』のためにも今まで以上に愛情たっぷりと育てると言い出した。
いやいや、気持ちは嬉しいがアズールへの愛は私がこれまで以上に与えるから、家族からの愛はこれまで通りでいい。
そんなことよりももっと大切なことがある。
「私が今回『あお』の存在を公爵とクレイにも聞いてもらおうと思ったのは、アズールの天真爛漫が故に間違いを引き起こすことがあることを知ってもらいたかったのだ」
「アズールが間違いを引き起こすとはどういうことなのですか?」
「それがだな、クレイには心して聞いてほしいのだが……実は、アズールに大人の証がきた」
「えっ? あ、あのっ、反応しただけではなかったのですか?」
「ああ、その話は聞いていたのだな。私の前では反応しただけだったが、先ごろこの屋敷に帰宅して昼寝から目覚めた時に蜜を漏らしていたようだ」
「そんな――っ!」
やはりというか、当然というかクレイの衝撃は大きいようだな。だが、ここを話さずに本題には進めないのだから仕方がない。
「そ、それで……アズールのそれがどう間違いを引き起こすのでしょうか?」
「それが、『あお』のいた世界では、あの白い蜜はもうすぐ死ぬというサインだったようで、アズールは蜜を見てもうすぐ自分が死ぬと思い、目を腫らすほど泣いていたのだ」
「な――っ、そのような意味が?」
「そうだ。それでアズールはもう私たちに会えないと思って泣いたのだ。だが、アズールの話を聞く限り、あちらの世界でもそのような意味はなさそうだ」
「えっ? どういうことでございますか?」
「『あお』は元々病弱で余命宣告を何度も受けていたために、見も知らぬ蜜を見て、とうとうお迎えが来たのだと勘違いをしたようだ」
「なるほど。それでは、それで生きる気力を失って衰弱したというわけですか?」
「そこが違う。『あお』はもうすぐ死ぬのなら、食事を摂る意味がないと自ら絶食して生きることを放棄してしまったのだ」
「えっ? 自ら、放棄?」
私の言葉に公爵もクレイも目を丸くしている。まぁ驚くのも無理はない。もうすぐ死ぬと勘違いしたからといって、自ら絶食を選ぶものはいないからな。
だが、それだけ『あお』がその世界に全く未練がなかった証だとも言える。少しでも長生きしたい理由があれば、そのような考えに行き当たらないはずだからな。
『あお』が蜜を見つけて、死ぬ理由ができたと喜んだとしたら……それはとても悲しいことだな。
「元々病弱だった『あお』は、生きることを放棄してそのまま結局死んでしまった。その記憶が残っていたためにアズールは自分が死ぬと思い込んでしまったのだ。もし、あの蜜を見つけた時、『あお』に誰か一人でも相談する相手がいたならば、きっともう少し長生きができただろう。だから、この世界ではアズールに決して勘違いなどさせたくない。そう思ったから、アズールの近くで愛してくれる者たち皆に『あお』のことを話そうと決意したのだ」
「もし、今回も誰も相談相手がいなければ、私たちはアズールを失っていたのかもしれないのですね……」
「そうだな。その可能性は十二分にあっただろう。今回はヴェルナーがアズールの話を聞き出してくれて助かった。これからもそうならないために私たちは力を合わせなくてはならないのだ」
アズールと『あお』を幸せにするためには、公爵とクレイの力も必要だ。
「王子、貴重なお話をしていただきありがとうございます。私たちにできる限り、アズールのことを見守り続けます。もし、何かいつもと違う様子があったら、すぐに話を聞いてみることにします。クレイ、お前もアズールのためにできるな?」
「はい。もちろんです。私の大事な弟を必ず守って見せます。どうぞお任せください」
「クレイ、気持ちは嬉しいが、私のアズールだということを忘れるな」
たとえ、アズールの兄であってもそこだけは決して譲れない。アズールが私のものだということは紛れもない事実なのだから。